第12話

「かぐや……!」


「それでいい」


 かぐやの言葉に満足げに頷いた王子は、僕の体を押さえつける月人たちに「離してやれ」と命令する。僕の上に乗った重みがすべて外れても、僕は地面に倒れ伏したまま動くことができなかった。どうしよう。どうすればいい。どうすれば、かぐやが月に帰るのを止められる? 自分の無力さが腹立たしくて、ひどく悲しくて、気を抜けば泣いてしまいそうだった。


「真青」


 地面を睨みつける僕の視界に、かぐやの足が映り込む。ゆるゆると顔を上げると、かぐやが柔らかく微笑んでいた。


「最後に一つだけ、頼んでもいい?」


 金の瞳に射貫かれる。けれど、魔法はもうかからなかった。僕は素直に頷けなかったのだ。肯定も、否定も、なにも言えず、ただぼろぼろと両目から涙を流してみっともなく嗚咽を漏らしていた。


「真青」


 きらりきらりと、光が舞う。


 なんでもするよ。なんだってする。どんな無茶だって通してみせる。どんな願いだって叶えてみせる。今ならきっと、海だって君にあげられる。


 だから。


「最後だなんて、言わないで・・・・・・」


 かぐやが困ったように笑ったのが、涙の向こうで歪んで見えた。


「これを、受け取ってほしいの」


 そう言ってかぐやが差し出した手のひらの上には、白い薬包が一つ、乗っていた。


「なに、これ」


「不死の薬よ。これを飲めば、不死の体を得られる。地球では不死の薬なんて存在しないから、真青は家族とも、友人とも、違う世界で一人、生きることになる。……でも、もし、貴方が私にもう一度会いたいと望んでくれるのなら。月人の寿命は長いの。何十年、何百年かかってもいい、いつか私に会いに来て」


 恐る恐る、薬包を手に取る。カサリと音をたててかぐやの手から僕の手に渡されたそれは、かぐやの説明を聞いていなければただの薬包にしか見えなかった。


「■△☆◎! なにを」


 王子が鋭く静止の声をあげる。けれど、かぐやはそれを一瞥で制した。


 思い出す。かぐやに手を引かれて夜行列車に飛び乗った、あの夜のことを。


 忘れていた大切なものが、たくさんあった。


 夜の音。朝焼けの色。海はどうして青いのか。


 テストには出ないような、けれど世界の秘密を一つ解き明かしてしまえるような、そんなもの。僕が勉強ばかりをしていていつの間にか忘れてしまっていたものを、かぐやは明るく照らしてくれた。きらりきらりと、美しく。


 これしかない、と思った。人生を賭けられると信じた。この煌めきを、美しい金の瞳を、あの夜繋がれた手を、離したくはなかった。


 見つめる。自分の手のひらに乗る薬包を。次いで、かぐやの煌めく瞳を。


「……待ってて」


 涙をぬぐう。その瞳を見つめて、僕はそう言った。今度は彼女に魔法がかかるようにと願いながら。


「絶対、迎えにいくよ」


 僕は笑った。


 かぐやも、笑った。


「来て、よかった」


「何もかもを捨てて、地球に来て良かった」


「海は手に入らなかったけど」


「あなたに、会えた」


 気がつけば暗雲は過ぎ去っていて、空には月が輝いていた。


 月光。


 きらり、きらり。



     ★



 暗転。



     ☆


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