第8話

 どうにか陸に上がった僕たちを出迎えたのは、車にもたれてたばこを吸うおじさんだった。正直すっかり忘れていた。僕らのことを心配して待ってくれていたのかと思うと、申し訳ない気持ちがこみ上げる。


「ほんと、変な嬢ちゃんと変な坊主だな」


 ずぶぬれになった僕とかぐやを見てそう笑ったおじさんに、僕は「心配かけてすみません」と頭を下げた。かぐやは不思議そうな目をして僕とおじさんを交互に見た後、僕の真似をするように頭を下げる。そのあまりの勢いに水飛沫が飛び散って、隣にいた僕はたたらを踏んだ。


「海まで連れてきてくれてありがとう!」


「いいってことよ。ついでだからな」


 豪快に笑ったおじさんは、「じゃあ仕事あるから」とさっさと車に乗り込んで遠くへ続く道を進んでいった。僕らは、その姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。



 どうしても海が青くない理由を知りたいというかぐやの言葉で、近くにあるという図書館に向かうことになった。僕は全身ずぶ濡れなのに図書館に入って大丈夫なのかと危惧していたけれど、通りすがりの人が教えてくれた図書館までの道を歩いているうちに気がつけば服はすっかり乾いていた。


「あれね!」


 はしゃぎながら図書館に入るかぐやに、僕も慌てて後に続く。かぐやはきょろきょろと辺りを見回したあと、近くにいた館員らしき女性の腕をむんずと掴んだ。突然のことに目を白黒させる館員さんに、かぐやは満面の笑みで問いかける。


「いきなりごめんなさい。海がどうして青くないのかって、どこに行ったら分かるかしら」


「どこに・・・・・・ええと、二階にある自然科学のコーナーに行っていただければあると思います」


「二階ね、分かったわ! どうもありがとう!」


 にこやかにお礼を告げてどこかに行こうとしたかぐやに、館員さんは慌てて「エレベーターはあちらです」とかぐやが進もうとしていた方向とは逆方向を指した。


「ありがとう!」


かぐやが館員さんに向かってそう言う。きらりきらりと光が舞った。そこで初めてかぐやの美しい金の瞳に気づいたのだろう、館員さんはその瞳に吸い込まれるようにかぐやの瞳をまじまじと見つめる。それがなぜか面白くなくて、僕は「早く行こう」とかぐやの手を引っ張っていきエレベーターに乗り込んだ。


 二階に着くと太い柱に貼られた館内の地図を確認して、自然科学、と区分されたコーナーに向かう。自然科学の本がぎっちりと詰められた本棚は三つほどあった。


「手分けしよう。それらしい本を探していって、書かれているものを見つけたら言って」


「わかったわ!」


そんな会話から数分後。それが書かれた本はすぐに見つかった。子供向けの可愛らしいイラストが表紙に書かれた科学の本だ。パラパラとページをめくっていくと、やっぱり疑問に思う子供は多いのだろう、ポップな字体でわかりやすく説明文が載っているページを見つけた。


「かぐや、あったよ」


 僕が探していた本棚の向こう側を探しているかぐやの元に向かう。彼女は本棚の前でうずくまって本を熱心に読んでいた。


「かぐや」


 もう一度声をかけると、かぐやはゆっくりと顔を上げた。


「真青。見つかったの?」


「うん」


そんな僕の言葉にぱあっと顔を輝かせて、かぐやは小走りで僕の元まで駆け寄ってきた。


「見せて見せて!」


 金の瞳が好奇心に輝いている。僕はその勢いに思わず苦笑しながら、それが書かれたページを開いた。


「かぐや、見てここ」


 そのページを指さすと、かぐやは僕の後ろからそれを見ようとのぞき込んできた。僕は彼女にも見えやすいように本の位置を動かしながら、そこに書かれた文章を読み上げていく。


「太陽の光が反射するんだって」


「でも太陽は青くないわよ?」


「ええと・・・・・・難しいんだけれど、太陽の光はたくさんの色を含んでるんだって。赤色とか、黄色とか、緑色とか。それらの色の中で青色の光りが一番海の中をよく進んでいくから、海は青く見えるんだって」


 そう説明しながら、ちらりと本をのぞき込むかぐやの横顔に目をやる。どうにも納得できないようで、うーんと首を捻っていた。

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