第6話
「煙草が吸いてえ」
おじさんがそう言い出したので、僕たちを乗せた車は近くのサービスエリアに止まることになった。深夜のサービスエリアは閑散としていて、広い駐車場に車が散らばるようにして止められている。
「コーヒーいるか?」
駐車場の端っこに車を駐車させたおじさんが、振り返らずにそう言った。
「いります」
誰にも言えなかった悩みを吐き出したからかおじさんへの遠慮なんてものはすっかりなくなってしまっていて、僕は自然とそう頷く。おじさんはちらりと僕の横で眠るかぐやを一瞥して、そっと車の扉を開いて出て行った。きっとかぐやの分のコーヒーも買ってきてくれるのだろう。優しいおじさんだ。
遠のいていくおじさんの後ろ姿を見送る。ふと外の空気が吸いたくなって、僕はかぐやを起こさないように気をつけて車の外に出た。すう、と空気を吸うと、肺いっぱいに冷たい空気が広がる。
何の気なしに近くに止められていた車のナンバーを見ると、僕が住んでいた町よりもずっと遠い地名だった。この車の持ち主はどうしてこんな遠いところまで来たのだろう。僕らみたいに逃げてきたのかな、とぼんやり思った。
遠くを眺める。夜空と溶け合ってその身を隠していた木々が、ざわりとうごめいた。まるで木々が生きているかのようなその音は、昨日までいた街を思い出す。
田舎の夜は、都会の夜とは違ったうるささがある。それはざわめく木々だったり、虫の歌声だったり、蛙の合唱だったり、風のノック音だったりする。幼かった僕は夜には不気味な化け物が住んでいるのだと信じていて、毎晩布団を頭までかぶって眠っていた。高校生にもなるとすっかり慣れて気にならなくなってしまっていたので、夜に音があるなんて忘れていた。
故郷の音。自然が奏でる、夜の音。
それを懐かしいと思う日が来るなんて、思わなかった。
「なんだ、外に出たのか」
いつまで遠くを眺めていたのだろうか、気がつけばおじさんが横にいて、僕は驚いてびくりと身体を震わせた。そんな僕におじさんはははっと愉快そうに笑って、片手に持つコーヒーの缶を「ほらよ」と言って投げてよこした。慌ててキャッチしたそれは暖かくて、外の空気にさらされて少し冷えた手にじんわりと滲んだ。
「あ、ありがとうございます……」
車の中に戻ろうかと思ったけれど、おじさんが車にもたれかかってコーヒーを飲み始めたので、僕もそれにならって缶のプルタブを開ける。一口飲むと、はあ、と自然と息が漏れた。
「お前ら駆け落ちでもしたのか?」
そんなおじさんの突然の言葉に、僕はあやうく飲んでいたコーヒーを吹き出すところだった。ごほごほと咳き込む僕に、おじさんは「図星か」とにやりと笑う。
「ちっ、違いますよ!」
「隠さなくていいじゃねえか。いやあ、若いねえ」
「だから違いますってばっ。だいたい僕ら、昨日初めて会ったんですよ」
そんな僕の言葉に、おじさんは目を丸くした。
「なんだそれ」
「僕にもよくわからないです。魔法にかかって、気がついたらこんなところまで来てしまった」
駅のホームで出会った宇宙人と、二人っきりの、逃避行。よく考えれば変な話だ。けれど僕は日常から逃げる理由を探していて、そこに美しい瞳を持つ宇宙人が現れたものだから、あまりの美しさにくらくらしてその手を取ってしまった。
「変な嬢ちゃんと変な坊主だな、まったく」
あきれたようにおじさんは笑った。お似合いの二人だよなんて言うものだから、だから駆け落ちじゃないですってばと言いたかったけれど、何を言っても無駄のような気がして、僕は押し黙ってしまった。それを肯定と受け取ったのかおじさんがさらににやにやした目でこちらを見てきたものだから、僕はさっさとコーヒーを飲み干して車の中に入った。
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