第4話
まったくの闇でもない。
うんと目をほそめ、かすかな明かりをたよりに視線を走らせると、黒い影がうごめいているのが見える。
(やっぱりだれかいる。ちぇ、こんなところでまったく薄汚いやろうだ。手もとに小石があれば、あいつに向かって、ほうり投げてやるんだが)
思い切って右手を床にのばすと、人差し指が何か鋭いものに触れた。
刺すような痛みがひろがる。
洋介は、あっと叫んで、手をひっこめた。
「おい、おい、そこにだれかいるのか。いたら出て来なさい」
洋介は心臓がとまったかと思うほど、ぎょっとした。
首をまわし、通りの方を向いた。
身に着けている服装から察すると、どうやら警察官らしい。
「はい、今すぐ出て行きます」
洋介はそろそろとあと戻りをはじめた。
(くっ、なんてことだ。犯罪者に間違われるとは……。下手をすると逮捕されかねないぞ)
人影がいくつも歩道の上でゆらゆらし、露地にさしこむ街路灯の淡い明かりをさえぎっている。
ヒールが見つかるまで、現場で待たなかった同僚かおりの非情さをうらんだ。
「早く、出てきなさい」
「はいはい、すみません。足もとがわるくて」
ワンブロック向こうの角にでもパトカーが止まっているのだろう。
赤色灯が走馬灯のようにくるくるまわり、あたりのビルの壁を明るく照らしだしている。
もうすぐ大通りに出るところで、懐中電灯の明かりが洋介の眼を射た。
一瞬、何も見えなくなる。
ふいに、やたらとねばつくものが顔をおおった。
それがクモの糸だと気づくのに、時間がかかった。
洋介は思わず、両眼をつむった。
「何されてたんですか」
「ええ、はい、ちょっとやぼ用で……」
「野暮用ですか。どんな?」
「まあ、こんなところでうろうろしていたら、不審者あつかいされるのはしかたありませんが……、ちょっとばかり連れの物を探していたものですから」
正直に言った。
「こんな時刻にですか。それで、何を探してました?」
「しかたなかったんです。急なことだったものですから……」
「質問に答えてないですね」
連れの女が酔っぱらったあげく、履いていたハイヒールの片方をこの露地に投げ込みましたとは言いにくい。
だが、ことここに至っては仕方がない。
洋介は正直に打ち明けた。
「わかりました。お連れの女の方はどこにおられるのでしょう」
「そ、それがですね。帰ってしまいました」
「ほう、それはそれは。あなたに探させておいて、いい気なもんですね」
「はい」
警官が厳しいまなざしになった。
「ちょっと署まで来てもらえますか。詳しく、お話を聞かせていただきます」
その言葉に洋介は逃げ出したい衝動にかられ、きびすを返そうとしたが、とっさに警官にはばまれてしまった。
「あ、あのう、ほんとなんです。連れがですね、ちょっとばかり酒を飲むと乱れるんで、そ、それで、あいつは片方のヒールを脱ぐなり、この露地に投げ込んでしまいまして……、見つけないと、おれ部屋に入れてもらえないんです」
洋介は自尊心もなにもかもなくし、涙声になった。あらいざらい話し終えるなり、ふうとため息とを吐いた。
「まあ、いいでしょう。とにかく早く帰りなさい。ヒールは、あしたまた、その女の方と探せばいいことなんだから」
「ありがとうございます。そうします」
洋介はなんどもなんども頭をさげた。
警官が立ち去り、そして若い連中もまたコンビニ店に戻ってしまい、辺りはもとの静寂をとりもどした。
しかし、洋介はその場を去りがたかった。
さっき、耳にした雑音が気になってしかたなかったからである。
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