第2話

 男の名は田所洋介、二十五歳、中堅の不動産会社の営業マン。

 洋介は数分歩いたあたりで、背広のずぼんの裾が大きく乱れているのに気づき、しゃがみこんだ。


 田舎町にはめずらしいほど、高いビルが立ちならぶ。

 (まったくもう、ひでえもんだ。あいつは酒が入ると、ふだんのうさを一度に爆発させるんだから)


 「こら、待て、ようすけ。やっとつかまえたぞ。さっき転んで手をすりむいたんだぞ。こんなかよわい女性をほうっておいて、このやろう、どこへ行く」

 女の声があたりに響きわたる。


 女は島田かおり、二十二歳、洋介と同じ会社の受付として働く。この春短大を卒業、入社したばかりだ。


 いつの間にか、かおりが洋介のほんの五六メートル手前まで迫った。


 「酒が入ったからって、ちょっとひどすぎるぞ、かおり。みんな寝てる時間だろ」

 洋介が声をひそめる。


 「うん、なんだってえ?聞こえないぞう」

 「しょうがねえな、まったく。男か女かわからなくなるんだ。かおり、もういい加減、機嫌なおせよ。おれ、あやまるからさ」


 洋介がかおりに近づこうとすると、

 「だめだ、ようすけ。そばに来るな。てめえなんて、こうしてやる」

 とわめき、スーツのスカートの裾から出た右足を折り曲げるなり、はいていたヒールを右手でつかんだ。


 「これでもくらえ」

 びゅっと、洋介めがけてほうり投げた。

 ヒールは弧をえがき、ビルとビルの間の闇に消えた。


 洋介が体をかわしたから当たらなかったものの、もう少しで彼の顔面を直撃するところだった。


 「なんてことする。ヒールって硬いんだろ?ケガでもしたらどうするんだ。おれ、まじで怒るぞ」


 「ふん、なにさ、あんたがわるいんでしょ。そっちこっちの女にしっぽ振ってさ。ちょっとは痛いめにあうといいの。さっきの居酒屋でだってさ、わたしがそばにいるのに平気でよその子と楽しそうにして……。あんなおかちめんこのどこがいいの、鼻の下うんとのばしてさ」


 「うそだろ?言いたいほうだい言ってると、今にな……」


 洋介が片方の靴をぬぎ、それをかおりに向かって、投げつけるしぐさをした。

 「ああいいわよ。投げてみなよ。あたしの顔がだいなしになったらひどいよ。もうぜったい、付き合わないから」


 「そ、それ……」

 「どうすんのよ、ようすけ、それでいいんだ?」

 「ううん、しょうがない。わかったよ」


 「早く、あたしのハイヒール、探してきてよ。あんたのアパートに寄って行ってあげるから」


 くそっ勝手なことばかり言いやがって、と、洋介は憎々しく思ったが、こころはうらはらだった

 

 

 

 

 

 

 

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