9 勧誘

「あら、本当に来たのね」

今度は鈴にだけは認識出来るようにしてあるらしい。でも、通り過ぎる人達はなんの反応もしていないので他の人達には認識出来ていないのだろう。

そういえば、彼女の制服は名門私立小学校のものだった。なぜあそこにいる子供が名門私立小学校に通うことが出来るのか不思議でしょうがない。

「お前が来いって言ったんだろうが」

レンヤは鈴の横に並んで歩きながら、その吐き捨てた。

「まあ、そうなんだけどね。言ったとおりちゃんと一人で来たんだね」

鈴はレンヤの足元を確認してソラがいないのを見て、レンヤの顔を見てニヤニヤしていた。

「それで?」

「うーん。何から話そうか。あなた達が私の味方であることは理解したわ。でも、まだ信用は出来ないわ。とりあえず、あなた達は私に何か用があったんでしょ?何だったの?」

「俺はお前を仲間に誘いに来たんだ」

「仲間?」

「あぁ」

「そういえば、何してる人なの?殺し屋?」

「はぁー。もしそれが本当だったらどうするつもりなんだ?」

「大丈夫よ。この子達に守ってもらうから」

「今回は俺にも見えるんだな」

「まあ、一応ね。見えたほうが都合がいいでしょ」

鈴の左右に鈴を守るように並んで歩いているのが黒狐の遥と彼方だ。レンヤの事を警戒するように彼方がレンヤの歩く方に陣取り、睨みつけていた。

「これなら、見えないほうがいい気がするが」

レンヤの事を睨みつけてくる彼方のことを見て苦笑いした。

「確かに。で、あなた何者なの?」

「一応、探偵ってところだ。専門は妖怪関係だな。そのほかに組織の上からの命令で動くこともあるが」

「探偵?まあ見えない事もないような?」

「それで、お前。探偵にならないか?」

「探偵ねぇ。それも妖怪専門の?よく分からないんだけど」

「お前、何か知りたいことがあるんだろ。探偵になればいずれその知りたい事が分かる可能性がある」

「なんでその事を知っているの?」

鈴はレンヤの言葉を聞いてピリッとした緊張感に包まれた。誰も知らないはずの事をレンヤが知っていたのだから警戒しているのだろう。

「この俺に知らない事などない。なんでもお見通しだ」

「それ、答えになってないと思うけど。まあ、でも確かに知りたい事はあるわ」

「どうする?探偵になればそれが分かるんだぞ。それにお前が望むならあそこから出してやるが?」

そうレンヤが言うと鈴の左右を歩いている遥と彼方がざわついた。

「本当に鈴をあそこから出してくれるの?」

「そんなことがお前に出来んのか?」

遥はレンヤが鈴の為にそこまでしてくれるのか疑問に思っているようだが、彼方はそもそもレンヤにそんな事が出来るのか、そこまでの能力があるのかを疑問に思っているようだ。

「この俺に不可能な事などない」

そうレンヤは自信たっぷりに胸を張って答えた。

「もし、失敗したらもう二度とあそこから出る事は出来なくなるんだぞ。本当に大丈夫なのか?俺は信用出来ない」

「僕はこの人、見た目ほど悪い人には見えないけど」

「それはそれで失礼だけどな」

レンヤはそう言って再び苦笑いした。でも、どこか嬉しそうでもある。

「まあ確かにあそこを出るというのも面白そうではあるわ。生まれてからずっとあそこに居て、私はずっと監視されていて外の世界を知らない。友達と遊んだことだってない。友達の家に行って遊ぶことも友達が来て遊んだことももちろんないわ。他の子達は施設に友達を呼んで遊ぶことが出来るけど、私にはそれは許されていなかった。以前は友達がいた事もあるけど、今ではもう友達すら作る事はなくなってしまった。出来る事ならみんなと同じように普通に生きてみたい」

鈴はその小さい体に色々な事を抱え込んでいるのであろう。でも、今まではそれを誰にも話すことが出来なかった。彼女の周りにいるのは決して味方ではない大人達ばかり。ましてや、子供達に話す事など出来ない。もし、話してしまえば子供達を自分の都合に巻き込んでしまう。

だから、そのごく当たり前の望みすら口に出来なかった。そして、黒狐達にも話せなかったのはそれがどれだけ危険なことか理解しているから。彼女は黒狐たちの事を大切に思っているからそれに巻き込みたくなかった。自分が施設にさえいれば何も起こらずにすむから。自分さえ我慢しれいれば誰も危険な目にあうことはないから。

「鈴。本当にここを出るの?ほんと?やったー。やっとここから出れるんだね」

「鈴。本当にいいんだな。鈴がここから出ることは俺も賛成だ。だが、それをこの男に託すのは反対だ」

「いいじゃない。私がいいと判断したのだから。それで失敗しても私は後悔しないわ。それに、失敗しても私は殺されない」

「それだって確信のある話じゃない。今までは殺されなかったと言うだけでこれからも殺されないという保証などない」

「大丈夫だよ。その時は僕達が命懸けで守ろう」

「そんな事は当然だが、それでも絶対に守れるとは限らない。その状況でこんな賭けみたいな真似は出来ない」

「どうしてお前らはそこまでしてこの女を守る?資料によるとお前らはこいつの家族を殺したんだよな?それは奴らから開放され自由になる為だったんじゃないのか?それなのになぜこの女の為に命まで縣けて守ろうとする?俺には理解出来ないな」

遥と彼方の話を聞いていてレンヤは怪訝そうな顔でそう聞いた。

「それは違うのよ。私達にもよく分かっていないのだけど、この子達の意思でやったことではないの」

鈴はとても悲しそうな顔でそう答えた。

「なるほど、そういう事か。それがお前の知りたい事だったな」

レンヤはそれを聞いて納得したような顔をしていた。レンヤ自身、鈴の知りたい事が分かっていてもその内容を、心を完全に理解出来ていたわけではなかったからそれを聞いてやっと、なんとなくだが分かったのだろう。

「それでも、僕たちの力のせいで鈴の家族が死んでしまったのが事実だから」

「あぁ。そうだ。俺らにこんな力がなければ鈴の家族が死ぬ事はなかった。それに鈴が施設に閉じ込められることもなかったんだ。すべて俺たちが悪いんだ」

遥と彼方はそう言ってうなだれてしまった。

「そんな事ないわ。あなた達がいてくれたから私は生きてこられたのだから」

遥と彼方の前に来て目線を合わせて真っ直ぐに見つめて、鈴はそう力強く言った。それを聞いて二匹は顔を上げて鈴の事を見つめ返した。

「どうだ?俺に賭けてみるか?俺はギャンブルでは負けたことないんだ。賭けてみる価値はあると思うが?」

一人と二匹に向かってそう言って、悪事を企む犯罪者のような不気味な顔で笑った。

「うふふ。面白そうね。分かったわ。あなたに賭けてみることにするわ」

そして、鈴もいたずらを企むような悪い顔で笑った。


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