2 主様
「はぁー。まあいいか。じゃあ、僕も早速探しに行こーっと」
そう言うとソラは玄関の方ではなくなぜか窓の方に歩いていった。
そして窓を器用に前足で開けると、そこから飛び降りた。2階からひょいっと飛び降りて地面につく前に一度一回転してから軽やかに足跡もなく降り立った。
「ここらへんの主様に聞けばすぐにわかるかも。あの方ならなんでも知ってるからなー。猫神の僕よりここらへんのことには詳しいしな」
ソラは少し悔しそうにそうつぶやくと軽い足取りで歩き出した。
「主様ー。いるー?」
ソラは立派な赤い鳥居のある神社に入っていって境内の中を見回して主様を探していた。
「やぁ。ソラくん。どんしたんだい?」
宮司さんが来ている、白の袴に白い着物を着た白髪の優しそうなお爺さんがソラに向かって笑顔でそう話しかけてきた。
「主様に会いに来たんだけど、どこにいるか知ってる?」
宮司さんは孫に接するような温かい笑顔でソラの頭をなでていた。ソラは大人しく頭を撫でられながらなんとか首を上に向けてそう聞いた。
「あぁ。彼女なら今日は向こうの手水舎の影でお昼寝をしているよ」
そう言って、宮司さんは右の方を指差した。
「ありがとう」
「いやいや。こちらこそ撫でさせてくれてありがとう」
ソラは宮司さんにお礼を言うとあっさりと走って行ってしまった。
参道の石畳をずっと真っ直ぐに走って、手水舎のところに着くとその裏の影になるところに大きなちょっとぽっちゃりとした猫が気持ちよさそうに寝ていた。
「主様。少しいいですか」
白猫の前に行儀よく前足を揃えて座ると遠慮がちにそう話しかけた。
「ふぁー。なんだい。あんたか。ふぁー。一体どうしたんだい?こんなとこまで」
眠たそうに少しだけ目を開けると金色と青い綺麗な瞳が少しだけ覗いた。声を掛けてきたのを確認したあともう一度あくびをして体を気持ちよさそうに伸ばしたあとソラに向き合って座った。
「実はレンヤの手伝いで探しものをしてて。主様なら知ってかなと思って」
「あぁ。あの坊やの手伝いで来たのかい。そりゃ、お前さんも大変だねぇ。それで?」
落ち着きのあるゆったりとした喋り方でソラをことを見つめてそう聞いてきた。
「主様は黒い狐について何か知りませんか?」
ソラは真剣に真っ直ぐ主様のことを見つめていた。ソラは自分が大変だとは思っていなかった。むしろ、レンヤの役に立てることが嬉しくてやっているのだから。でも、主様は自由が好きで自分の好きなように生きていたい人?猫?だから。だから、主様が人の為に何かすることなんてほとんどない。その変わり、猫にはとっても優しい。
「そうだねぇ。そういえば、前に一度だけ話を聞いたことがあった気がするよ」
主様は3本の長い尻尾を左右に器用に交互に揺らしながら、記憶をたどっているようだった。
「本当に!どんな話?」
「この町に引っ越してきた親子が狐憑きだって話だったかな。確かその狐は黒いとか聞いた気がするが」
「どこの誰か分かりますか?」
「あぁ。それは分かるが。そこにはもういないはずだよ」
「どうしてですか?」
「確か、亡くなったはずだよ。7年前に娘が、6年前に父親と母親が立て続けに」
「そうですか。じゃあ、その狐は?」
「さぁそこまでは知らないよ。お前さんこそ知らないのか?猫神じゃろう」
「僕が猫神になったのは3年前だから」
「そうじゃったか?」
「はい。主様は猫又だし、もう何百年もずっとここにいるんでしょ?」
「わたしゃ、ただの猫又、妖怪に過ぎないからな。そんなになんでも知ってるわけじゃないのよ」
「ふぅーん。そうなんだぁー。じゃあ、もう手掛かりはないってことだね。主様が知らないんじゃ、もう誰も知らないのも同じだもん」
「ふんっ。私はそんな立派なもんじゃないわい。それより、さっき宮司に会ったじゃろう。そやつに聞いてみるといい」
主様は少し不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「宮司さん?」
「彼はこの神社のすべてを取り仕切る人よ。私なんかよりよっぽどこの町に詳しいわ」
「そうなんだ。凄い」
この神社はこの町で一番なのはもちろん日本でもトップ3に入る神社なのだ。
「彼はこちら側にも通じているの。彼には私達の言葉が分かるでしょ。彼は猫と喋れるわけじゃなくて人ならざるものと会話出来るだけなの。妖怪とか。あと幽霊とか」
「そういうことだったんだ」
「じゃあ、私は寝るから」
「えっまた寝るの?少しは運動したら?」
「嫌」
「そう。まあなんでもいいけど。それじゃ、ありがとう。宮司さんに聞いてみる」
「どういたしまして」
そういうと本当に体を丸くして今度は腕を枕にして眠りについていた。
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