1 ボスからの命令
「黒狐を見つけてきて欲しい」
電話の出て開口一番、なんの挨拶もなしに上司に当たる人物にそう告げられた。
「はぁ?なんで俺がそんなもんを探さなきゃなんねぇんだ?」
ソファに寝転がって電話をしていた男が飛び起きてそう抗議した。
「いいから、探してきなさい。君はそういうの得意だろ?」
「理由ぐらい教えてくれないのか?」
声を低くして唸るように電話に向かって言った。
「今はまだ話せない。時期がくれば説明する」
「またそれですか。はぁー。わかりました。じゃあ、これだけは教えてください。今回の件、面白いですか?」
「そうだな。残念ながら、君好みの展開になりそうだ。そしておそらく今回はかなり大きな話になりそうなんだ。まあ、これは僕の勘だがね。できれば外れてほしいものだが」
そういうと、電話の主はため息をついた。
「へぇ。そうですか。いいですね。わかりました。探しますよ。その黒狐とやらを」
対象的に彼はいたずらを企む子供のように笑っていた。
「えぇ。じゃあ、よろしくお願いしますよ」
そう言うと電話相手は通話を切った。
「よっし。じゃあ、探すか。出来るか?猫神様?」
男は挑発するようにお気に入りのベットで寝ている黒猫に笑顔を向けた。
「ふぁ〜ぁ。ん?なんの話?レンヤ。僕の名前はソラだよ」
気持ちよさそうに腕を枕にして寝ていたソラは眠たそうにしながら少し拗ねたようにレンヤに向かったそう言った。
「分かった。それで、ソラ。黒狐を探したいんだが。出来るか?」
レンヤはソラのご機嫌を取るように顎の下をなでながら優しい声で言った。
「うーん。黒狐?またなんでそんなもの探すんだ?」
ソラは大好きなレンヤにかまってもらって上機嫌に目を閉じ喉を鳴らしてそう聞いた。
「そんなことはどうでもいいから、出来るのか出来ないのかどっちなんだ?」
レンヤは少しイライラしたのか真顔に戻り、喉を撫でる手を止めた。
「もしかして、またレンヤも理由を知らないんだー」
そう言ってソラは実に楽しそうに笑った。それを見たレンヤは余計に不機嫌な顔になってしまった。
「あーえっと。でも、レンヤがその命令を聞くってことは何か面白いことが待っているってことなんだよね?」
ソラはレンヤの不機嫌な顔を見て慌ててそう聞いて、最後にレンヤの顔を覗き込んだ。
「ふっん。まあな。あいつの勘が正しければだがな。まあ、あいつのそういう、あいつにとっての嫌な勘が外れたことは今までに一度もないからな。ほぼ、確定だろう。どうやら今回は事が大きくなりそうだって話だ」
レンヤはソラから離れてソファに歩いていき、さっきと同じようにソファで横になって腕を頭の後ろに回して枕にして、再び楽しそうにしていた。どうやら機嫌は直ったようだ。彼は彼で単純なたちなようで。
「へぇ。ボスが言ったのなら間違いないね」
ソラはお気に入りのベットから降りてレンヤのそばまで歩いてきた。
「はぁ?あんなやつはボスなんかじゃねぇ。それに、もっと上がいんだろ。たぶん」
どうやらそのボスとは何か因縁でもあるのか再びレンヤは不機嫌になった。
「レンヤはボスと幼馴染なんだよね。なんでそんなにボスの事嫌ってるんだ?」
ソラは不思議そうにレンヤのことを見つめて、そう聞いた。
「そんなんじゃねぇよ。それより、どうなんだ?」
ふてくされたようにそうつぶやいたあと、切り替えたように話題を変えた。
「あぁ。黒い狐さんの話だったね。たぶん、狐のニオイならわかると思うんだけど。でも、それが黒い狐かはわからないかな。でも、普通の狐じゃないんだよね?」
ソラはレンヤの向かいのソファに飛び乗ってレンヤの方を向いて綺麗に前足を揃えて座った。
「たぶん、こちら側の存在だと思うが」
なにもない空間を見つめたままレンヤはソラの質問に答えた。レンヤも詳しいことは知らないから断定は出来ないのだろう。
「まあそうだよね。ボスの命令で普通の狐を探すなんてことないもんね」
「大変だろうが頼めるか。俺には探せないからな」
そう言うとレンヤは立ち上がりソラを真っ直ぐ見つめてそう聞いた。
「もちろん。それより、レンヤ、どこか行くの?」
ソラはレンヤに頼られて嬉しそうに胸を貼って得意げな顔で返事をした。そして、不安そうなそして、心配そうにレンヤのことを見つめてそう聞いた。
この前も好奇心のまま事件に首を突っ込んで足を骨折したばかりなのだ。ソラは心配するのも無理はない。
「少し黒狐についての情報を集めてくるだけだ。知り合いに片っ端かた知らないか聞くだけだ。この前のような危険はない。心配するな。じゃあ、行ってくる」
「分かった。いってらっしゃい」
まだソラは心配そうな顔をしていたがここで止めても止まらない事は長年の付き合いで知っているのか特に止めることはしなかった。
レンヤは扉を開けて出ていく瞬間、振り返ってソラに向かって無言で手を振ってから出ていった。
その顔は少年のようにキラキラしていて楽しそうだった。好奇心に突き動かされているときの顔だ。
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