車窓から
南口だからだと言ってもあまりに人がいなさすぎはしないだろうか。だからこそ南口を選んだのだが、ここまでいないと戸惑いもある。
『そもそもここは駅だったのか?実は私の勘違いだったとか14年も住んでてさすがにないよな?いやいや私が知らないだけで実はもうなくなっているのかもしれない。いや?さっき電車が止まっていたからそれはないか。誰か通って私の考えを否定してはくれないだろうか。』
そんな具合に頭のなかでぐるぐると考えていたら、親子が隣を通りすぎて駅のなかに入っていくのが見えた。
「やっぱりここは駅だよな」
と私は安堵しつつ呟いて、親子の後から駅構内へと入る。駅のなかには予想以上に人が多くいた。その群衆もほとんどが北口から入ってきていると考えると、南口で良かったような気もする。もうあんなに焦るのはごめんだけれど。そう思いながら改札に電子マネーをタッチして改札を抜ける。
前まで感じていた映画のオープニングのような感覚はどこへ言ったのだろう。心は凪いだままだ。中学生になってから感情の起伏がそぎおとされていっているような気がする。
少し例え話をしようか。夕凪の海の上に一人で舟に乗っている私は、オールを持たずに、動かずにただ座っているだけ。誰もここに来ることはなくて、周りには水平線だけが見える海が広がっていて、ここの水面がさざ波をたてる日は来ない。だけどもうすぐここが嵐へと変わるときが来る。それはきっと姉ではなく学校行事だ。ただそこには誰にも譲れない芯がある。ただそれだけだった。だから……。
ホームから北口の方を眺めた。
空の色を見た。
曲を聞いていた。
夏の匂いがした。
夏草が風に揺れた。
服の裾が揺れた。
風の方を向けば電車が来ていた。
妙に映えるな、と思いつつ心の中のシャッターを切る。
そして私は姉の家への直通電車に足を踏み入れた。
その一歩に迷いはなかった。
ただ早く帰りたいがための一歩だった。
空いた車内を見回して、あえて人のいない列を選んで座る。
「発車します。」
そんな声が聞こえて、電車が動き出す。車窓の風景のなかを動いていく家々を眺めて、なにも考えずにいる。
考えたくない。
ずっとこのままどこかへ逃げてしまいたい。
でもそれはできないことだから頭の中の空想で完結してしまう。ここから終点まではまだまだある。時間は有り余るほどあった。そう思ったあと、私はごく自然にリュックから姉の手記を取り出した。
ほぼ無意識だった。
皮の質感が手に馴染んだ。
そして何を思ったのか私はそれを読み始めてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます