風を切って進む自転車で
階段をかけ下がったそのままの勢いで自転車の鍵をとって靴を履いた。こういうときは階段の目の前に玄関があるのはすごくありがたいと思う。勢いに乗るのはとても楽だから。だからそのままの勢いで行けばどんなに嫌な場所に行くのでも行ける気がするのだ。一度立ち止まって考えてしまうと、もう足が出ない。だからこそ無理やりにでも行けばまた帰って来れる、そんな気がする。
鍵を開けて、ドアを開いて、一歩踏み出す。駅までは勢いで行きたい。そう思いながら自転車に乗る。そうして私は駅に向かった。
目の前には雲の峰。夏らしく暑くて汗が出る。でも、生暖かい風が吹いているのがなぜだか気持ちよかった。地面には濃い影があって、降る蝉時雨を聞き流してみる。家のなかにいれば気づかなかっただろうことにまで気がついてしまう。
ふと気がついてしまいたくないなと思った。だから外の音を消そうと思って、首にかけていたイヤホンを耳につけた。あえて夏の曲にしてみる。夏は嫌いだ。だけどこの曲の中の夏は好きなんだ。
少し口ずさんで調子よく自転車をこぐ。決して早くはないけれど、快速にはしる自転車は私に涼しい風をもたらしてくれる。その風に微笑んで、ふと気づいた緩んでしまった口許をもとに戻してまた走る。
音が曲しか聞こえない、というのははっきり言って最高だ。車の音も、誰かの話し声も、なにも聞こえないのだから。このまま姉の家についてしまえば声も聞かずにすむのだろう。そうだったのならどんなにいいか。でもそんなことをすればまた姉に貶される。だからそんなことはしない。……というかポストにいれてしまえば姿すら見ずにすむじゃないか。もうそれでいいや。それが一番楽なんだから。あぁ、そうしてしまおう。目を輝かせてそう決めてから一気に心も体も軽くなった気がした。
ゆっくり走っていた自転車を加速させる。早く終わらせてここに戻って来よう。そう、私は姉と違ってこの街が好きなのだから。
そんなことを思っていたらいつの間にか小手指駅だった。すごく大きいわけでもなくて、小さいわけでもない。やっぱり街の中心部の駅よりは劣るけれど、他の近くの駅よりは大きいような気がする。周りには店がたくさんある。けれどそれは北口に限る話で、南口はあまり栄えていないようにも見える。けれど、それはただ静かなだけで、多くの人がすむ閑静な住宅街が広がっているから一概には言えないと私は思う。
駅の脇の一時利用者用の駐輪場に自転車を止め、改札がある方へと私は歩き出した。朝の通勤ラッシュを抜けた朝の駅前はほとんど人がいない。まぁ南口だから、ということもあるかもしれない。
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