嫌悪感で彩られていた記憶

 姉を嫌いになる理由は今までの人生のなかにいくらでも転がっていた。なんと言えば良いのだろう。気がつけば、えもいわれぬ嫌悪感を抱いていた。価値観が根本的に合わないのだ。私が右脳タイプなら姉は左脳タイプだった。私が感覚的に言ったことをすべて否定する姉は私にとって本当に邪魔な存在だった。家を出たいと何度思ったかしれない。

姉の吐いた言葉の一つ一つがとても嫌いで、空中に浮かび続ける間私はずっと逃げていた。姉と話をして良いことなど一つもなかった。だからもう会うことなどないと思っていたのに。何故よりにもよって私しかいないときに電話がかかってくるのだろう。それも夏休みに。夏休みでさえなければ「これから学校にいくから」といって逃げることもできた。でも長期休暇中にそれはできない。

きっとあの姉のことだから嘘をついてでも押し付けるに違いない。帰省すらしない姉なんかのためにこんなことをするくらいなら退屈な勉強をしていた方がましだし、何なら音に触れている方がよっぽど有意義な時間を過ごせる。

そう思いながらも手は意思に反して遠くのようで近い姉の家へ向かう準備をしている。黒いリュックにスマホをいれて、もう触れることはないと思っていたパスモをもつ。もちろんイヤホンも忘れはしない。別に音楽を流そうとかは思っていないけれど……。

そしてとても大切なものは持っていかない。

それを言うと、「イヤホンは?」と聞かれるのだがあれは大切なものの類いではないと私は思っている。あれは私を外の騒音から守るためだけにあるものだから。

 私はとりあえず必要な物だけを持って二階へとかけ上がる。階段の吹き抜けが、一階の人工的な涼しさと二階の外気温とほぼ変わらない暑さを混ぜているようで不思議だなぁと思う。二階に上がれば暑い空気がいる。なんだか夏の暑さが憎らしくなってきた。この際何にでも当たってやろう。もうなんでも良いような気がしてきたのだ。ブツブツと文句を言いつつ姉の部屋のドアを開く。だいぶイライラしていたからか少しドアを開くのが乱雑になったのは言うまでもない。けれど姉の部屋なので別にいいかと思う。案外私は冷たい。

 さて、姉の部屋はさながら図書館のようだ。家を出て2年経ったのにまだ人が住んでいるような雰囲気が漂っている。ここだけ時間が止まっているかのように。何故か居心地の良い空間だ。でもそれでいて小説のなかに来てしまったようで気持ち悪くも感じる。

 そんな部屋の端にある机。その上にある一つのノートに私は気がついた。焦げ茶色の皮のカバーがついた……これは日記帳だろうか。いや、日記帳をあの姉が頼むはずがない。きっと手記なのだろう。私は、中身にたいして詮索するのは野暮だったなと思い直して手記を手に取った。意外と重いノートをリュックにいれて、また乱雑に姉の部屋のドアを閉じた。姉の感性に触れていた時間を断ち切るように。

そして、暑い空気から逃げるように一階へと今度はかけ下がった。

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