カッコカリ

氷坂肇

第一話 最終回

 深い蒼色のドームに覆われた初夏の昼下がり,体操着の小学生二人組が足元を指さして何かを話している.数秒立ち止まったかと思えば,「せーのっ」と息を合った掛け声が私と彼らしかいない空間に響いたかと思えばすとんと着地する音が聞こえた.私は彼らのいた場所まで近づいて,なるほど,と思い,また彼らの真似をするように眼前の大きな水溜りをジャンプして超えてみた.頭の芯が揺れるような感覚に襲われる.



 もうすぐ朝だしそろそろ寝ようかな.カーテンの隙間から漏れるように差す朝日に目を細めながらタイピング作業を中断させる.光が顔を覗かせた世界とは正反対の,暗く黒い世界が瞼の裏に広がってゆく.

 白い壁紙に白いデスク,白紙のメモ帳が開かれっぱなしのモニターに囲まれている自室に常飲用の薬が転がっている.目を擦って中身を確認すると三錠ほど入っていた.赤,白,黄.

 赤は胃の調子を整えるための薬,白は頭痛を感じたときに飲む薬,そういう風に医者や薬剤師に再三教えてもらった.しかし,黄色のこの丸薬だけはまるで見覚えもなければ買った記憶もない.普段から毎日10錠ペースで種々の薬を飲み続ける重患者であることは自分で百も承知なのだ.きっとそのうちの一錠に違いない,そう思って私は三色の鬱金香のような錠剤たちをミネラルウォーターとともに喉の奥まで流し込んだ.

 今日は水曜日か.六時からイベントクエストを回す約束をしてたっけ.

「大丈夫!薬も飲んだし,それに今日は早く帰ってやらなきゃいけないことがあるから!」母親の忠告は右から左の耳にするりと抜けていった.これで暫く自由の身だ.



 次に目が覚めた時,記憶がある状態に戻った時には,私は路上に立ち尽くしていた.東向きの太陽が照り付ける.左手には三分の一ほど減っている飲料水のペットボトルが握られていた.紅く染まった空を背に,もうすぐ限定クエストの時間だ,家に帰ろう,そう思って回れ右をして,もと来た道を,目の前の蜃気楼に燥ぐ童心に従って無邪気に追いかけていった.

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カッコカリ 氷坂肇 @maeshun

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