第4話 sideキャロライン

「え?」

僕の言葉にかぶさるようにして、彼の声が聞こえた気がした。

何をおっしゃったのかはわからなかったけれど。

「いや…あー…」

彼は、何か言おうとして、けれど口を閉じられた。

やっぱり、僕の気持ちは迷惑だったのでしょうか。彼は、俯き考えているように見えます。

「やっぱり、ご迷惑ですよね」

「‼そんなことはないっ!」

不安からそう呟けば、被せ気味に彼が言葉を放った。

慌てた表情で、少しだけ声も大きかった。ご迷惑ではないのでしょうか。つい先ほどまで、ただの獣だと思っていた相手からの好意なんて、唐突で気持ちの良いものではないと思うのに。

でも、ご迷惑でないのなら、よかったですし、嬉しい。

「いやな。城を追い出された理由が少々気になってな。君のその後を考えたら穏便というわけではないのだろう?」

やっぱり、気になりますよね。僕が、追い出された理由…

城を追い出される直前の出来事は、できれば思い出したくもない。それに、城を出てからも、尊厳なんてない生活でしたし。

でも、彼には知っておいて欲しいと思う気持ちがどこかにある気がします。伝えにくいことも確かにあるけれど…

「…僕はおとぎのネコワンダーキャットの姫の怒りを買いました。それは、僕自身が原因ではない。そう、僕は思っています」

そう前置きをし、僕は話だした。城で何があったのかを。僕の素性を含めて。

「僕の姓は、キャピタルと言います。既に忘れられて久しい、おとぎのネコワンダーキャットの始祖の血を継ぐ直系です。

現在の城の主である姫は、始祖の直系ではなく、傍系にあたります。姓は、ベローナ」

僕たちキャピタルが、主の座を追われ、ベローナが主となってどれほどたったか…

キャピタルの血など忘れ去られて久しい気がします。城に古くから使える者たちでさえ、キャピタルの存在を知るものはもういない気がします。

「僕は、直系であることや傍系であることを気にしたことはありませんでした。僕自身は、姫のことを好ましく思っていましたから。でも、姫は違ったのでしょう。だから、たぶん始まりはそこからでした」

僕は、姫が好きだった。幼い頃は、姫も僕を慕ってくれていたと思う。でも、いつからか姫は僕を疎ましく思うようになったのかもしれません。

だから、あの出来事はきっと都合の良い出来事だったのでしょう…

「姫には婚約者がいました。キツネの亜人です。つがいだという話でした。

ただ、キツネの亜人は特殊で、つがいをただ一人としない数少ない種族なのだそうです。姫もそれを承知しているのだと言っていました。婚約者の方も、姫はつがいを唯一としていることを承知しているのだとも言っておられました。

どこまでは本気なのかわかりませんが、あの時までは姫の周りに手をだしていることはなかったと把握しています」

そう。あの出来事までは、平和だった。かの御仁もわきまえられていたと思う。姫の婚約者として、そしてつがいとしても。

でも、起きてしまった。意図的に起こされたのか、そうでないのかは気にならないわけではないけれど、起きてしまった事実は変わらない。

「その最初が僕でした。姫の婚約者は前触れもなく僕の私室へと現れました。…そこから先は、僕にとって地獄でした。床に組み敷かれ、体中をいじられ…衣服も破られました…」

本当に地獄だった。嫌がる僕へと口づけをしたかと思うと、頬を固定され舌が口内へと入ってきた。口を閉じようと、口内へ侵入したそれへと噛みつこうとしたけれど、頬を固定する力が強すぎて叶わなかった。

生暖かい肉厚なそれが、口内を舐めつくすように蹂躙じゅうりんし、僕の舌へと擦り付けるように這わされた時には、気持ち悪さに涙があるれたのを覚えている。

口づけが終わったと思えば、唇と舌が首筋を這い、噛みつかれた。片手は、太腿を這いお仕着せのスカートがめくり上げられた。もう一方の手は、薄い胸を這うように動いていたかと思うと、ビリっという音と共に胸元が破られたのがわかった。

少しだけ痛みを感じたから、破る際にたてた爪が皮膚をひっかいていたのかもしれない。

ビリビリという音はやむことなく続き、気づけばスカートも深いスリットが幾重にも入ったように破られていた。

舌が胸を這いまわり、手は薄い胸を弄繰いじくり回していた。そして、手が足の付け根へと伸ばされて…

「話にくいことなら…」

あの出来事が頭を占め、恐怖へ囚われそうな時、彼の言葉が僕の耳へと届いた。

はっとして、意識を戻せばいつの間にか、己自身を抱きしめるようにして震えていた。

「いいえ。話させてください。たぶん、僕は何があったのかを誰かに知っていてほしいのだと思うんです」

震えは止まらないけれど、顔をあげ瞳に力を込めて彼を見つめながら小さく息をつき続きを話す。

「最後の一線は超えられていません。いれられる直前で、姫が乱入してきましたから。でも、姫は僕の味方ではありませんでした。

姫は、僕の話も聞かず、僕が悪いのだと喚き散らしていました。僕が婚約者に色目を使ったのだと。

そう言って、有無を言わさずに僕は城を追い出されたのです」

唯一の救いと言えば、引き裂かれた衣服のまま追い出されなったことだろう。僕の私物は少なかったけれど、持ち出せなかった。だから、新たな衣服を与えられたのは幸運なのだと思う。

良かったかと言われれば、そうではないけれど…

「それから僕は、働き口を探しましたけど、名前を告げるとどこも慌てたように追い出されました。恐らくですが、姫たちが手を回したのだと思います」

そう。名前を告げるまでは好感触であっても、名を告げた瞬間に表情が変わる。そして、手のひらを反すように追い出されたのだから。

僕への嫌がらせのつもりなのか、それとも破滅させるつもりなのかわからないけれど。

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