第2話 sideキャロライン
朦朧とした意識の中で感じたのは、甘い香り。
そして、優しく僕を抱き上げる感触。どこか遠くで会話が聞こえている気がするけれど、理解することはできなかった。
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僕はネコの亜人。名をキャロライン・キャピタル。普段は、キャロルと名乗っています。
種は、サビイロネコ。訳あって今は、常に獣化しています。不便なのは身体が小さいこと。種の特性とはいえ、もう少し大きい方が良かったな。
あの時、僕を拾ってくれたのは、同じネコの亜人でした。種は、異なるようでしたけれど。
だけど、僕は彼を信じていいのかわかりませんでした。
それは、僕が路地裏で衰弱していた原因も同じネコの亜人だったから。
僕は、
姫もネコの亜人でした。種はよく知りませんけれど。ただ、とても綺麗な人です。
僕は姫のことが好きだった。この人に仕えていることが僕の誇りでした。
でも、姫は僕を捨てた。姫の婚約者であるキツネの亜人に僕が色目を使ったからだと。
僕の言い分なんてものはないものとされました。僕が色目を使っていないことも、キツネの亜人が僕を襲ったことも、そのせいで、男性が怖くなってしまったことも、全てないものにされてしまった。
僕は城を追い出されました。それでも、まだ生きていくことくらいはできると思っていました。
けれど姫たちは、執拗に根回しをしていました。僕が新たな職に就くことができないように。
僕はろくに食べることも、寝ることもできず、だんだんと衰弱していった。人型をとることも難しくなり、倒れた頃に彼があられたの。
不思議でしかたがないのは、どうしてこの人があそこに現れたのか。
僕がこの人を見つけるというならわかります。だって、この人からは優しく包まれたいような甘い香りがするもの。
たぶんきっと、この人の姿が見えなくてもわかる。それほど強くて特徴的なのに、嫌ではない香り。だからなのかな?僕は、彼が怖くない。
おそらくだけど、彼のフェロモンが関係しているのではないかと思っています。
姫が言っていたから。亜人の
でも…たぶん、この香りはフェロモンだと思います。そのせいかな?僕はこの人を信じてみたいんじゃないかなって思うのです。
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僕が拾われて、もうすぐ一月が経とうとする頃、思い切って彼のベッドへと潜り込むことにした。
僕は男性が怖い。それは、変わらない。だって、彼の秘書には怖くて近づけない。でも、
幾夜も床を共にしてみたけれど、やっぱり彼は怖くなかった。朝起きれば、優しく抱きしめられているような時もありました。けれど、怖いどころか、心が温かく満たされているような、そんな感じがしたのです。
そんなことが一週間ほど続いたある朝。
その日はいつもと違いました。起きた時に既に彼はおらず、いつもとは違う香りが部屋に満ちていました。いつもの甘い香りに、濃い雄の匂いが混じっていると感じました。
そして、ひとつの事実へたどり着いた時、僕は少しだけ胸が痛むのを感じました。彼が誰かに発情している。一体だれに?この部屋には、僕と彼の匂いしかないのに。
僕が悶々としていれば、彼が少しけだるそうな雰囲気を纏いバスルームから出てくる。
やっぱり、彼から雄の発情した匂いがする。濃い匂いではなくなっているけれど…
彼は、僕の頭を何度か撫で、仕事着へと着替え仕事に向かったようだった。
❧❧❦❧❧
あれから、何度目の朝を迎えたのかな。
あの匂いが毎朝するようになった。彼の甘い香りと雄の発情した匂いが混じった少しだけ
今日は、目が覚めるとまだ彼が隣にいました。甘い香りに混じり、濃い雄の匂いをさせて。
そして、彼は小さく「
彼には
そこまで考えて、かぶりを振る。
おかしい。彼に
でも、僕の心は、一人にしないで。捨てないで。そう感じています。
僕の唯一が彼だからなのでしょうか?でも、なんでそう思うのかわかりません。
思いつめるように考えて入れば、僕の身体かふわりと浮いた。そして、いつもと同じように彼が抱き上げてくれていることに気づく。そして、雄の発情した匂いは薄くなっています。
優しくて僕を守ってくれると感じる。僕の心は、彼と共にいることをたぶん、望んでいます。それは、ネコとしてではなくて、人として。
最初は、人型をとれぬほど衰弱していました。
職に就くことができなかった僕には、街中で食べ物を捜すのも一苦労で、そろそろ危ないかもしれない。そう思っていた頃、彼に拾われたのです。
彼は
僕のことは、亜人だと気づいていないみたいでしたけれど、その優しさは僕の疲れた心にしみた。人とのつきあい方、接し方がわからなくなっていた僕に、一定の距離をとりながらも根気よく世話をしてくれた。
僕自身も気づけば、彼に心を許しいていたのだと思います。彼にすり寄り、膝に乗ることもありました。彼からする甘い香りは、とても落ち着きます。
そして、僕は亜人であることを伝えることがだんだんと怖くなっていきました。そんなことはないと思うのに、騙していたのかと
僕は確かに、彼はそんな人ではないと思っているのに、怖かった。
でも、そろそろ潮時なのかもしれない。彼に、僕は亜人だと伝えよう。そして、僕の気持ちも…
僕は僕の気持ちがよくわかりませんでした。でも、彼が
たぶん僕は、名も姿も知らぬ誰かに嫉妬したのでしょう。だから、きっと僕は彼のことを…
❧❧❦❧❧
今日の僕はきっといろいろと挙動不審だったと思う。
彼に、僕のことを話す。そうと決めてみたものの、不安が頭を擡げては僕の心蝕んでいる気がします。
タイミングを見計らうのもの、彼の側には必ず誰かがいて、話しかける隙がありませんでした。だから…このタイミングになってしまった。彼が寝る準備を済ませ、ベッドへと入るこの瞬間に。
僕は、ベッドの上に乗り、彼の足元へと陣取る。そうすれば、彼が優しく声をかけてくれました。
「どうした?」
その目は、僕を心配していると雄弁に語っていました。そう言えば、日中もよくこんな瞳を向けられていたように思います。心配をかけていたようです。
彼に伝わらないのはわかっているのに、「ごめんなさい」と呟いて、僕は人型へと変化しました。
服装は何でもよかったけれど、一番イメージのしやすい
変化が終わるか終わらないかのタイミングで僕は、ベッドへと手をつき、頭を下げた姿勢でいれば、驚いたように彼が呟いている。
「君は…亜人だったのか…」
その言葉に、準備していた言葉がのどへとつかえたように、声になりませんでした。
落ち着きましょう。そう念じながら、何度か深呼吸を繰り返せば、何とか言葉を紡ぐことができました。
「騙すようなことをしてしまい、申し訳ありません」
心なしか、僕の声は震えているのかもしれない。やっとのことで、それだけを口にし、彼の反応を待ちました。
頭を下げている僕には、彼の表情を見ることができません。だから、時間がたつのがとても遅く感じました。
彼が言葉を紡ぐまでの間は、一瞬だったのかもしれないし、とても長い時間だったのかもしれません。
「黙っていれば、私は気づかなかったと思うが、どうして明かす気になったんだ?」
彼の声に、怒りや侮蔑の色は感じませんでした。けれど、僕は頭を上げることができなかった。
でも、彼の質問に答えなければ。そんな思いで、舌先で唇を湿らし、何とか言葉を紡ぐ。
「僕が黙っていることに耐えられなくなったから。僕の名前は、キャロライン。普段は、キャロルと呼ばれていました。貴方は、クリストフ・メーベル様でいらっしゃいますよね」
明かす気になった理由…本当は、ちょっと違います。でも、彼に告げた理由も嘘ではありません。
僕は少しだけ話を逸らすため、彼の素性を確かめる。共に生活をするようになって、わかったことでした。核心はあります。彼は、間違いなくメーベル商会の商会長。クリストフ・メーベル様のはずです。
「ああ。私は、クリストフ・メーベル。メーベル商会の商会長だ。キャロラインは聞いたことはないが、キャロルという名の君ぐらいの女性なら知っている。
やっぱり彼は、僕のことを知っていましたね。メーベル商会。一度だけ、姫が気まぐれで城へと招いたことがある商会です。あの時、僕は別件で席を外していたから、直接の面識はありません。ですが、僕の噂は耳にしたはずです。あの城で、僕は少しだけ異質だった。それは、僕の出自も関係するのかもしれないけれど、あの城で唯一姫へ迎合しない使用人だったから。
「はい。僕がそのキャロルです。分け合って、城を追い出され、職に就くこともできず、飢えて力尽きたところを拾っていただきました。僕は人を信じるのが怖かった。だから、メーベル様も信じることができませんでした」
僕は本当に弱くなってしまったのかもしれない。声はどんどん震えが目立ち、か細くなっているのを感じます。目を閉じているからわかりませんが、きっと指先も震えているのかもしれません。
どこかおかしい。そう感じながら、彼に否定され、
「そうか。何があったのか気になるところではあるが…
彼が再度そう問いかけてきます。きっとたぶん、先ほどの返答だけでは足りなかったのでしょう。
でも、他に伝えられることなんて…いえ。彼の行いがどれほど嬉しかったかを伝えることはできるかもしれません。
「先ほども申しましたが、僕が黙っていることに耐えられなくなったから。メーベル様は優しかった。衰弱していた僕にご飯と暖かな寝床をくれました。僕が慣れるまで、一定の距離を保ってくれました。男性が怖かった僕でも、貴方の傍は心地よかった。僕は思ったよりも単純だったみたいです。だから…」
そこまで口にし、僕は続きを言えなくなる。胸がどきどきと大きな音をたて、言葉を詰まらせてしまう。
この先の言葉は、きっと彼と僕の関係性を変えてしまう。伝えてしまったら、後悔するかもしれない。でも、伝えなくてもきっと後悔してしまう。
最初これが何なのか。僕の心がわからなかった。彼から感じる甘い香りは、僕を安心させてくれた。包み込んでくれた。そして、どきどきと胸を高鳴らせた。彼の発情した雄の匂い感じ、もやもやと不安になった。僕ではない誰かに発情しているのだと知って、胸が締め付けられた。
それに、伝えなくて後悔するよりは、伝えて後悔した方がいい気がしている。
だって、僕の心だけではもう、抱えきれない。そんな気がしているから。
僕は、そっと顔を上げ、その言葉を告げた。
「貴方を好きになってしまった」
「彼女は君だったのか」
彼は驚いた顔で、僕の言葉にかぶさるように驚きを口にしていた。
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