異世界の日常生活

神城 由鵜兎

第1話

非日常とは、日常と異なるからこそ否定形である「非」という字を用いる。殆どの人間が一般的な日常を送っていたら、非日常とは無縁だろう。


だが、それは突然にして俺達に訪れた。

少し早く起きて朝ご飯を作り、妹を起こして一緒に朝ご飯を食べる。食器の片付けを済ませて妹を見送り、俺も高校に向かう準備を済ませて家を出る。毎朝そんなふうに過ごしていたのだが、今日は違った。

俺が皿洗いをしていると、突然玄関の方から人が倒れるような音が聞こえた。


音がした方へ足早に向かうと、妹が玄関のドアを開けたまま床に横たわっているのが目に入ったんだ。


「波瑠!大丈夫か!?」


声を掛けても反応がない。冷や汗をかきながら妹の方に駆け寄ると、何故か目眩がして玄関で倒れ込んだ。

そこからの記憶は一切ない。




目を覚ますと、全く知らない場所で寝ていた。訳が分からない。


「何処だよここ…。どうしてこんな森の中に居るんだ…?」


理解が追いつかないが、少なくとも近くの土地でない事は見覚えがない事からすぐに分かった。

少し辺りを見た方がいいかと思って一歩踏み出すと、右足に何かが引っかかった。


「いつも学校に持って行くバックじゃないか、なんで一緒にあるんだ?」


財布とか携帯などの持ち物はそのままだし、事件性は無さそうに見える。


「…一応、俺の記憶が正しいかどうか確認するか」


頬を抓ってみた。痛みがあるから夢ではない。古典的な方法ではあるが、こういう緊急時には他に確認方法がないため信じるしかないのが現状だ。信憑性があるかどうかはともかく。

財布の中にしまっておいた学生証を取り出す。

3年3組 稲代夏樹。生年月日も俺が覚えているのと一緒だった。

そうか、携帯があるならここが何処か分かるかもしれない。


「GPSとかで場所分かるんじゃないか?…って圏外かよ!じゃあここは山奥とか、って事だよな」

「お兄ちゃん、さっきからなんで独り言喋ってるの?」


突然話し掛けられ、驚いて声がした方に振り向いた。


「なんだ…波瑠か。驚かせるなよな」

「驚かせてないよ。寧ろずっとぶつぶつ呟いてるお兄ちゃんに驚いてたんだから」


まさか声が出てた上にそれを妹に聞かれているとは…。


「まぁいいや。なぁ波瑠、ここが何処かとか分かったりするか?」

「わかんないよ。学校に行こうと思って玄関開けたら目眩がしたのは覚えてるけど、起きたらここに居たんだもん」

「そういえばお前も倒れたんだっけ…」


ここに来る前の記憶では確かに倒れていた。俺の記憶とも合っているし、恐らく倒れてから何かしらがあってこの場所にいるんだろう。


でも何故こんな場所なんだろうか。


「波瑠も倒れてたんだから突然森に来るなんて考えられないしなぁ。本当に何でなんだ?」

「えっ、お兄ちゃん倒れてたの?」

「ん?ああ、玄関でいつもと違う音がしたから見に行ったら突然目眩がしたんだよ。その後の記憶が無いから多分俺も倒れたんだろうなってだけ」

「だけって…。普通変だと思わない?私もお兄ちゃんも目眩がして倒れてるんだよ?しかも場所がどっちも玄関なのもおかしいし」


言われてみれば確かにそうだ。体調が悪かった訳でもなく、突然玄関で目眩がして倒れてるんだから不思議に思うだろう。


「でもなんでウチの玄関なんだろうな」

「私がわかるわけないじゃん!」

「だよな。俺も分からない」


そんな会話をしていたら、突然森の奥の方から何かがこちらに向かって来る音がした。


「えっ…」


2人して同じセリフが出た。猪のような牙に目が5個。更には多足だ。少なくとも、俺にはこんな生き物見た事がなかった。


「何…あれ…」


人間って死や恐怖を感じると足が動かなくなって腰も抜ける事を学んだ。

俺も波瑠もその場にへたりこんで後ずさる事しか出来ずにいる。立ち上がらなければ死ぬが、立っても死ぬ事を直感で分かった。

謎の化け物が少しづつこちらに近づいてくる。何かしなければ、という意識はあるものの、何をしても無意味だと生物としての本能が囁く。


叫んで助けを求めるべきなのか。だが恐怖で声が出ないし、例え出たとしてもこんな木々しか見えないような場所に人が居るはずもない。


居るはずがなかったんだ、俺らの世界では。

でも、この森に定期的に人が来るならば。

この世界と別の世界から召喚される場所がここならば。

場所も日にちも分かっていて、異世界の人間に友好的であればあるほど。

人が来る可能性は上がる、その種の利用価値に比例して。


「来訪者様!伏せて!」


化け物の後ろ側、森の奥から女性の声が聞こえた。何も考えることが出来ず言われたとおりにする。


「グライシス!」


何かが凍りつくような音が辺りを包んだ。

気になって音のする方に顔を向けると、化け物が巨大な氷に包まれていた。


「へ…?」


思わず間の抜けた声が出た。アニメみたいな様子だが、目の前にあるのはアニメでも何でもなく現実だ。

女性の持っていた剣が光を放ち始める。本当に現実なのか疑いそうになる。


「スラッシュ!」


そう言って剣を振るうと、波動というか、衝撃波というか、そんな様な何かが凍りついた化け物へと向かっていく。

当然身動きの取れない化け物に謎の衝撃波がぶつかる。

化け物を通り過ぎたかと思えばその刹那、化け物は真っ二つになっていた。

訳が分からない。ただでさえ知らない土地と思しき所にいるのに、目の前で起きたことが理解できるわけもない。

そんな中その女性は、目の前の残骸になど目もくれずに俺達の方に寄り、口を開いた。


「そろそろ頃合だと司令を受けてお迎えに来ました。来訪者様、初めまして」

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