6、課題(後編)
それからというもの、二人は出会ったあの一本の木のところで集合して、お互いがお互いの苦手なところを教え合っていた。
「ハロー、ご機嫌いかが? 随分と不機嫌だね、カルシウム足りてない?」
「ねぇ、ハローって何?」
「あ~、……おちゃらけた挨拶なんだけど」
「ハローね……、あとカルシウムって?」
「あー、成分みたいな」
「ダメよ、そんな意味の分からない言葉使っちゃ。親しみやすい言葉を選ばないと」
「はい……」
お互い、朝も昼も学校があるため集合するのはその後、日没前になる。もちろんスライムマンとして学校があるとは言わない、言えない用事ということで、ミリアはそこに詮索はしなかった。
「雷魔法の詠唱を、もう一回言ってみてくれる?」
「ええ、テム・ラク・タイ・ハツ・ホウッ!」
近くにいたモンスターに雷魔法をかける。しかし頑丈なモンスターはミリアの攻撃では完全に倒すことができなかった。
「どうしても弱いの……、加減してるわけじゃないのに」
「うん、前にも言ったけど、詠唱の発音が微妙に違うから弱いんだね。今から言う発音を良く聴いて? ティム、ラゥク、ツァイ、ハゥツ、ホウッ!」
そう詠唱したヒコルから出た雷魔法は、見事にモンスターを焦がしてしまうほどに威力が高かった。
「す、すごい……! 魔力じゃなく、質の違いってことがよく分かるわ」
「良く見てるね、俺たちは自然の力を魔法で自分のものにしているんだ。それをもっと良く理解しないといけない、雷も火も、風も水も……」
「じゃああなたは水の達人なのね」
「……まあそういうこと」
しばらく日が経ち、段々と二人の仲も良くなっていった。ある学校休みの日でも二人は会って特訓をしていた。
「お腹空いてない? 実はご飯作って来たの」
「本当に? 嬉しいな……、作りすぎじゃない?」
「実は私、恥ずかしいけどよく食べるのよ……。でも大丈夫よ、あなたの分を引いても充分だから。あ、でもあなたって何を食べるのかしら? 好きなものは?」
「……手頃なもの。流動食を除いて」
この会話もまたコミュニケーション能力の一つで、ミリアを満足できる結果となるご飯の感想ができなかったため、追試となった。
「良い? 口を良く見て、ツァイね。君のはタイ、ッツ、ッツ、上の歯に舌先が触れるように」
「ッツ、ッツ、やりにくいわね……」
前世なら、thというアクセント用語が定着していて楽なのだがこの世界じゃそうもいかない。ヒコルは少しミリアへの教え方に苦労していた。
そしてまた数日、ヒコルは実際に森や街中での事件を解決することにした。森に住むモンスターの駆除をしたり、騎士たちが危険に及ぶと助けたり、その活躍は皆に知れ渡るほどだった。
「ディザグリズリーだぁぁぁ!!」
「グルゥゥゥゥゥ!!」
駆除が難しいモンスターに立ち向かう騎士たち、しかし心が折れそうになった時、彼は現れた。スライム化した腕を伸ばしてディザグリズリーの腕を止め、そのまま有無を言わさず拘束する。
「ディザグリズリーがこんなところまで来ているのって、食料探しっていう単純な理由なんだよね。だから俺たちを襲うってことは美味いと思ってるってことだよね? 驚きだよね俺たちってそんなに美味しいのかな?」
「……」
「大丈夫?」
「……あ、ありがとう」
隠れて見ていたミリアからの評価は、ジョークにしても少しブラックすぎる、恐怖に怯えた人間に食べる食べないの話は煽っているだけだと。しかし、『俺たち』を使うところは悪くなかった、とそう評価してくれた。
リステビル王国は、実はそこそこ治安がよろしくない。周りが森という立ち入ることが限られた檻の中のような生活、それに対してストレスを抱える者が多いのだろう。
騎士、あるいは魔導士としての道を踏み外してしまった者、普通の生活を送れなかった者、ならず者の集団はどの世界でも大したことのない理由で存在する。
「泥棒!!」
「ひゃっはは!! これで大金持ちだ!!」
「うわぁ、実際にああいうやついるんだな。はっず」
「何ボソボソ言ってるの? 早く行きましょう、このバンクは騎士団本部からちょっと遠いから応援が来るのはもう少し先よ」
「うんそうだね、じゃあちゃっちゃと拘束するから、引き渡し役はよろしくね」
ヒコル、もといスライムマンは魔力感知に優れている。誰よりも先に現場に駆け付けることができたのは、彼の能力故である。
魔力感知自体は、優れた魔導士なら可能、ミリアも練習して上手くいっているくらいだ。風魔法を応用して魔力の波紋を発動し、反響定位でその波紋が返ってきた肌の感覚で位置が分かる。森へ入る際、この技術がなければ生きて帰るのは難しいだろう。
だがスライムマンの場合、他よりも群を抜いている要素がある。それは魔力感知により相手の位置を知るだけでなく、相手の心拍数や魔力量、容姿の詳細など細かく知ることができる。
実際に魔力感知による波紋は、それだけの情報を得てくれる。ただ扱う人間がその情報を吸収できるだけの力がないだけ。スライム人間になったヒコルなら、スライムという器であれば返ってくる波紋からの『ゆらぎ』で普通以上の情報を得る事ができる。
それ故にいわゆる自警団である騎士団たちはヒコル、もといスライムマンにいつも遅れを取ってしまう。
「ねぇ聞いた? あの強盗事件を片付けた謎の男」
「知ってるわ、名前がスライムマンなんですってねぇ」
「スライムって何よ?」
「モンスターの一種って聞いたわよ、古文書で読んだことある~」
「それで、他にそのスライムマンってのはどんなことをしてるの?」
「隣の家の旦那さんから聞いたんだけど、狂暴なモンスターに襲われてるところを助けてもらったんだって」
「えぇその旦那さんって確か腕っぷしの良い騎士だったはずでしょ!? なっさけな~い」
「騎士団もスライムマンを拘束しようと躍起になってるらしいわよ」
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