5、真相(後編)
昨日の喧嘩から翌朝、ひどいことを言ってしまったためかヒコルの話を母は聞いてくれなかった。目も合わせてくれなかった、それが親のすることか、と思いヒコルは何も言わず家を出て学校へ行った。
授業中も上の空、しかし母のことでなく、スライムの実験をどうしようという考えにシフトしていた。
「こらっ、ヒコルくん話聞いてるの?」
「……あ、すみません」
「全く、罰としてこの構築を解いてみなさい」
「あぁはい」
無茶ぶりにも難なく答えるほど頭の良いヒコル、少し苦しめようと考えたミリアは思い通りにいかず少し不機嫌になった。
「上出来ね、でも話を聞かなかったわけをあとで教えなさい」
放課後、教室にミリアとヒコルが残って話をしていた。
「つまり、ヒコルくんのお母さんと喧嘩状態で家に帰るのが嫌なのね」
「まあ、そんな感じです……」
少し嘘になるがまあ悩んでいたことだから、とヒコルは都合良く話を進めた。
「昨日のことは本当にすごいと思うわ。でもあなたのお母さんの言ってることも最もだと思う。あなたの考え方ももちろん肯定できる要素だから、ここからは正しさの受け止め合いよ」
「そう……、ですよね。それは分かってるんです、一応叔父とも話をしたんで」
「そうだったのね、余計なことを言っちゃったわ」
「いえいえそんな……」
……そしてしばらく沈黙が続く。
ミリア自体、非常勤講師という経験が乏しい状態なので相談に対する適性があまりない。だからミリアは必死に何を話そうか迷っていた。
「……そういえばヒコルくんって、この先何がしたいの?」
「何が……?」
ただの進路相談、前世の歳を重ねればもう30近くはなるこの男にする内容とは思えなかったが、まだ心は少年の内、ヒコルは普通に夢を語ることにした。
「俺は……、平和な世の中にしていきたいです。大きいことですから現実味ないですけど、少しずつ変えて行きたい」
ヒコル、富彦は科学実験の事故で死んでしまった。その前から簡単に死ぬことのない安全で平和なことを行いたかった。
その平和には、ヒコルと母のような精神的な意味での平和も必要なはず、しかしヒコルは物理的なことでしか実現は難しい。……いやそもそも実現したように見えて新たな争いが生まれているのか、そんな難しい考えに至ってしまう。
それでも動かないよりはまし、だから異世界へ来ても動くことを止めなかった。
「良い夢ね、頑張ってほしいわ」
「ありがとうございます……」
ミリアに話すことでヒコルは少し楽になった。だが今から帰ったとして、母にごめんなさいと謝れる自分が心の中にいなかった。
単純な思春期による恥ずかしさ、と言って片付けられる理由かもしれない。あるいは向こうから謝って欲しいという、意地なのかもしれない。
そもそもそこまで家で母と喋ることがない、普段の生活でそこまで困ることがない、いかにも後悔しそうな判断をしたヒコルは家へ帰ることより、あることを優先させた。
ヒコルにとって優先させたいことなんて、スライムの実験一つしかなかった。
またあの森へ一人で行くという自殺行為を始める。プロの騎士一人ですら森に入るのは憚られる、奥へ行けば行くほど危険なところだというのに、ヒコルは授業ですら行かなかったレベル2に足を踏み入れる。
先日戦ったディザグリズリーのような獰猛で強力なモンスターが多くいるテリトリー、そこへ現れるただの人間一人は、真っ先に狙われる存在であった。
しかしそんな脅威の軍団を物ともしない生物がそこにいた。名をスライムマン。
(全身を、細切れにされても問題のないスライム人間にしてしまうにはあまりにも魔力消費の効率が悪すぎる。それよりはほぼ全身をスライムの鎧にしてしまうほうがまだ良い。これなら打撃、そこそこの斬撃、強いては銃の弾にだって耐えられる。この世界に銃はないが。柔よく剛を制すとは言うが、スライムで実現できるとは思わなかった……! いや、ダイラタンシー現象としてはスライムも候補に入れられたかも、な)
防御面はほぼ完璧、鎧の役割をしてるスライムの層でカバー、そして一番動かして損傷する可能性が高い両腕だけは、切断されても問題なく再生するゲル化という方針で決まった。
粘り気の強いスライムの両腕を伸ばし障害物をくっつけて移動、ときにはパチンコ玉のように、ときにはスイングをするように、引っ張られたり振り子の運動に身を任せたり、さらには足元を粘り気の弱いスライムで滑らせて機動力も確保する。
攻撃力に関しては、大きな威力を持つなんて大層なものは持っていない。だがモンスターを倒すのに必ずしも膂力が勝負の鍵になるわけではない。ディザグリズリーを倒した時のように応用すれば捕獲、窒息だけでも充分対処可能になるのだ。
(この力……、知能はあまりない動物に限って言えば脅威だな。弱点は水でこのスライムを流すこと、特に大雨なんかは向かない。あとは本当に炎くらいかもしれないな。あとは千切られない方向性を考えよう、スライムの粘着強度の最高値を帰ったら試してみるか)
「……ないでください」
ヒコルから少し離れたところ、レベル1の辺りから人間の声が聞こえる。ヒコルは何か起きたのか、様子を伺うことにした。
「分からないのか? お前は本当にお荷物だって言ってんだよ。俺らのパーティーから出ていけ」
「わ、分かった……」
「レイドは頑張ってるじゃない!? 彼は魔導士なんだから、ちょっとだけ体力がないだけでしょう!」
「それがお荷物だって言ってんだよ。トンチキはうちのパーティーにはいらないってんだ」
「もう良いわよ、行きましょう」
「おっと待ちなハンナ、お前を出ていけとは言ってない。ここに残りな」
「はぁ!? お断りよ」
「お前を抜けて良いとは言ってねぇ、出ていくのはレイドだけだ。行くぞ」
(あーあ、どこの世界だっているんだね。ああいう人種は)
騎士の男三人がカップルと思わしき魔導士二人の仲を裂こうとする。内輪揉めというか色恋沙汰というか、これだから仲間は……、なんてヒコルは考えていた。
騎士と魔導士の混合パーティー、ヒコルたちもいつかこうやって探索の任務が来てその仕事を請け負うことになる。本人たちの意向次第でもあるが、新人は最初に先輩と一緒にパーティーを組むことになる。
この人たちは若い、いつかヒコルたちの先輩に当たるだろう。特にあの男三人と組むなんて考えたくないものだ。
ヒコルは今のうちにお灸を据えておくことにした。
「放してくださいっ!」
「おい大人しくしろ、お前らこいつを抑え……、ん?」
リーダーらしき男が仲間二人に指示を出すが、気付いた時には視界にいなかった。
男二人は背後にある木にべったりとスライムがついて拘束されていた。
スライムボム、普通の魔法のように球状のスライムを放出して相手を絡ませる。
「なっ……!? どうなってんだ、ひぃっ!!」
それは、スライムの存在しない世界に住む人にとっては不気味なる存在だろう。
顔が隠れ、ヌルヌルと液体か固体か分からないものが身体中を覆っていて、そしてただの化け物ならまだしも姿は同じ人そのものだ。
人外、近からず遠からずなそんな紛い物に、下手をすれば自分もそうなるのでは? と錯覚してしまう。
「な、何だお前は……!?」
「……スライムマン」
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