5、真相(前編)


ストレイン・ウィザルドの結果は魔導士見習いが勝ちということになった。多少なりと騎士見習い側の不満の声が募っていたが、あまりにも間抜けな負け方をしたものだから『騎士見習いもこれを機会に頭を鍛えておいたほうが良い』という声が多く、教師側も気に入ってこの競技を積極的に世に広めることになった。


ヒコルが流行を作った。対極した二つの要素が重なってバランスが取れるこの競技は、いつかは騎士と魔導士との協調性を高める存在になると、校長から高評価を得た。


確かにストレイン・ウィザルドは騎士と魔導士が混合したチームで編成すればもっと良い戦いが見れるだろう。良い架け橋を、しかも生徒が創ったとなると世間は大騒ぎになるだろう。


だが、一つだけ問題が起きた。それは単純に、見習い同士たちが喧嘩になった原因が掘り起こされたことだ。確かにヒコルは良いことを起こしたかもしれないが、問題を起こしたことも事実、この一部始終はヒコルの親に話しておくのが義務、それが校長の考えだった。


とはいえそこまで責められるような内容ではなかった。単純な報告、ストレイン・ウィザルドを気に入った校長はぜひともこの競技を流行らせたい。これからヒコルがゲームバランスを調整する創り手、校長たちがバックアップという形でこれからをどうするか、そういう話し合いになった。


いわゆる一種の就職先のようなもの、ヒコルの生前、富彦の時代ならプランナーといったような存在で生計を立てられるのであれば将来は安泰、万々歳といったものだ。さすがは魔法開発者セル・クミンの息子と称えられ、最初は少ししたお叱りの空気から賞賛へと印象が変わるので結果論で言えば良い終わり方だった。ヒコルは感情こそあまり大きくは出さないが何だかんだで喜んでいた。


だが、母のアヤネ・クミンは最初のいざこざを許さなかった。


家に帰って、夜、ほとんどの人も弟のセイヤも寝静まった頃、ヒコル、母と父との家族会議が始まった。


「それでヒコル、お前は何をやらかしたんだって?」


三人は食卓に、既にヒコルと母が座っていて父も椅子を引いて腰を下ろした。その言動から既に聞く姿勢としては面倒だという気持ちが僅かに滲み出ていた。


「やらかしたってほどじゃないんだけど……」


「うそおっしゃい。騎士見習いとのルールを破って、挙句の果てには自分に有利なルールで戦わせて鼻をへし折ってやったんでしょ」


「ちょっと母さん言い方……」


「かいつまんだらそういう意味でしょ? さぞ満足してるでしょうねあなたは」


「満足なんてそんな……」


「良いこと? 今のあなたに必要なのは抑制よ。そういう調子に乗った行動はいつか身を滅ぼしてしまうの、分かる?」


「ちょ、ちょっと待ってよ。校長との話を聞いてそういう解釈をしたの?」


「解釈じゃなくて真理よ。あなたが生み出した競技のこととかそんな難しいの私には全く興味がないの。問題は人との関係をないがしろにしたってことでしょ」


「終盤の賞賛も耳に入らず、悪目立ちって解釈でしかなく、俺の不祥事しか眼中にないんだね……。敏感すぎるとかそういう問題じゃない、異常だよ!」


「何ですって? 私はあなたのために言ってるのよ? どんなに良い成果を成し遂げていても、人間関係がしっかりしていなきゃこの先生きていけないの。私が家の仕事をしていて、隣人との世間話だって生きていくために重要なことなの、それを中断されて学校に足を運ぶってことがどういうことだか分かる? 息子さんがやらかしたのね、うちの子どもと近づけさせてはいけない、そういう印象を持たれてしまう危険性があるの」「世間体が一番ですか、はっ! 滑稽だね。多数の考えに身を寄せるのがどれほど無個性なことなのか母さんは全く分かってないね! 自分を大切にしたい気持ちは分かるね、でも俺は俺のやりたいことをやる自分を大切にしたいんだ。周りの目なんか気にしてられないもんね!」


「二人とも! よさないかもう遅いんだぞ」


いっぺんに、お互いが言いたいことばかりを重ねて羅列するものだから、傍観者の父も黙ってはいられなかった。


「ヒコル、私はただ人との関係にも意識を向けなさいって話をしてるの。見なさいよ父さんの姿を、身だしなみもままならなかった状態を何とかして人前に立たせるようにしたから今のように満足した形になってるの。そしてそれをしたのは私なの」


「そんな言葉で俺をたしなめたつもり? 確かに大事だろうけど、母さんのその説教が子どもである俺のやる気を阻害してるんだよ? 親としてやって良いことじゃないんだよ、失格だよ」


そう吐き捨ててヒコルは自分の部屋に帰ってしまった。親子喧嘩なんて前世ではそこまでしてこなかった、30年近く生きてた上での反発精神、新たな親がおかしいと思ったらそれを言い返せるだけの精神と語彙があった。だからつい感情的になってしまった。


「ヒコル、入るぞ」


部屋に戻って数分、入ってきたのは叔父、ベルン・クミンだった。


「少しは冷静になったか?」


「……ここまで怒りを露わにするなんて思ってもみなかったよ」


「だろうな。お前は小さい時から大人しかった、不思議なくらいに。だから怒りという感情のコントロールがなっていない。上手な怒り方も、逆に泣き方も下手だろうな。今までのお前の印象を正直に話すとだな、秘密主義ってところだな。何考えてるか分からない、そういう口数が少ないのはお前の父親そっくりだ、ある意味良いことなんだけどな」


「そうだね……、父さんも秘密が多い。俺の秘密は別に言っても良いけど信じれることじゃ……」


「秘密を暴露しろとは言ってない、秘密なんて誰もが少しは持ってる。俺だって持ってる。だがこれだけは、お前と父さんが違うところだ。それは秘密が多いということを許してもらう交渉だ」


秘密主義には許可証が必要なのか……、とヒコルは思いつつ、そのまま口に出した。


「秘密を持つことにいちいち許可が?」


「そう、秘密を持つ人間は多いほど不気味だ。だがそれは本当に後ろめたいほどのものなのか? 違うだろ? 力とか知識とか、大きいほど秘密にしたがるもんだ。現にお前の父さんは自分の技術や知識を奪われないかという心配の上で秘密が多くなってしまっている、それを誰も咎めたりしないさ。信念を持って、責任を持った上で秘密にしている人間は信頼が滲み出ている。あとは『信じて』と口に出せば良い、少なくとも家族である俺たちは信じるさ」


「そう……、信じてくれるんだね」


「あぁ。だから……、俺にはもう良いさ。だからお母さんにちゃんと信じてと言ってみたほうが良い」


「……分かった。約束するよ」

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