4、開戦(後編)
「ストレイン・ウィザルド、開始!!」
先攻は騎士見習い、6人とも筋骨隆々という名を譲らんばかりの『ガタイ』が良い。全員要注意とも言えるが、特にパワーが一番のヘルンと、リーダーを務めるほどの戦術の知を持つフアン・バートルガーに目を向けておいたほうが良い。
「ヘルン、一発で決めろ! 先頭のヘナチョコを倒せ!!」
「イエッサー!!」
初っ端から、先頭ヘルンの容赦ない攻撃が襲って来た。対して先頭の魔導士見習いは怯えながらも魔法障壁を展開する。障壁により木毬は跳ね返ったが、展開した男は倒れてしまった。
「え……、落ちたの今?」「ちゃんと魔法障壁で守ってたよな、魔力切れ?」「何はともあれ騎士見習いがリードしてるぜ!」
一撃で決まったことに観客席の声援が止まらない。もちろん先頭の男は王様ではないので落ちても点滅しなかった。
「へっ、思ったよりも簡単な話じゃねぇか! こうやって一人ずつ落としていけば済むってことだ、なぁフアン!?」
「あぁ」
冷静に見据えるフアン、余裕を持った状態で騎士見習いのターンが終了する。
持ち時間を計るために必要な砂時計、上から砂が少しずつ落ちるがターンが終了したため、砂時計を横にする。すかさず魔導士見習いの方の砂時計を縦にする。
一見ヒコルたちが不利、そう思うかもしれないがこれは作戦通りなのだ。
『先頭の君、まずはわざとやられてくれ』
『えっそれは……、どういう意味っすか?』
『あいつら……、というより騎士も俺たち魔導士も、お互いを下に見てるところがあるだろ? 騎士は肉体を基準に、魔導士は魔法を基準に、そんな使い魔と同じような価値観のレベルでいて良いと思うか?』
『それは……、いや、良くないな』
『うん、価値観を改められる良いチームだ。話を戻すと、そんな性質を利用したいんだ。わざと落ちて、最初に気持ち良く勝ったなと思わせるんだ。そうなった人間は相手を軽く見てしまう。その油断がチャンス、君がやられ、次のターンで俺が必ず相手を一人落とす。覆しが決まると向こうは単調になって冷静さを欠いてしまう。崩す可能性は充分にある』
ヒコルの戦術を聞いて5人はただ感心していた。
『凄いなヒコル、そこまで考えていたんだな。この混ぜたゲームといい、一体いつから考えてたんだ?』
『まあ、学校を入学して少しした時からかな。俺は正直言ってこんな派閥、どうでも良いんだ。元々は仲間同士なのに、そのぶつかり合いは見ていられなかったから、せめて両者ともフェアな戦いになるゲームを考えて、ぶつけ合って仲良くなってほしいと思うんだ。実行するのは難しいけど今回がチャンスだ。だからラニエル、君が罪悪感を抱く必要はもうないんだよ』
後攻、魔導士見習い6人で3ー3と前後に分けていた。ヒコルはリーダーで後衛の左端、いきなりその位置から左翼の前衛ラニエルを跨いだ、相手の右翼前衛の男に向けて木毬を投げることにした。
「おいおいその位置から届くのかよぉぉ!!」
「投げにくいんじゃない? しゃがもっか?」
「いや、必要ない。行くよ」
ヒコルは木毬を高く投げた。弧を描き、その落ちる位置は狙い通り右翼前衛の男へ向かう。何も抵抗しなければこのまま当たってアウトになるだろう。だがフライにおいてスピードなんて遅いことこの上ない。ウィザルドに慣れた騎士見習いにとってはこんなもの受け止める以外手段はなかった。
「よぉし次は俺の……」
バチッ! という音と共に、男の手から木毬が離れて地面に落ちた。
「なっ……!? 何が起きたんだ」
木毬はそのまま地面を抉るように、『回転』していた。
「やっ、やられた……!」
「やった!! これでイーブンだぜ」
これも油断を生みだす手段の一つ、シンプルが故に引っかかってしまう。
推進力に魔力を消費していない素の動き、その分回転という動きにのみ魔力を操作した。
これで騎士見習いは、下手に受け止めてしまったらやられるのではないか……、と考えてしまう。ちなみに今落ちた駒は王様ではなかった。
次は騎士見習いのターン、相手を見下していた分驚かされた一人落ち、次は冷静に動くより他ない。
「ちっ、アレン2歩前に行け」
騎士見習い側の左翼前衛が前に出る。これでターンを終えた。
同じく魔導士見習い側も、ヒコルが右斜め前へ一歩出ただけで終わった。移動することを選択したら投げることはできない。
移動手段はお互い決めた駒の役割によって変わる。そこはチェスと同じだが、王様は隠す存在のためキングはなし、ストレインの場合キングがない代わりに一つポーンが多いだけだ。このストレイン・ウィザルドではクイーン・ルーク・ビショップ・ナイト・ポーン2体ということになっている。ヒコルはクイーン、斜めだけでなく縦も、しかも何マス分も進むことができる。
「ヒコルのあの印はクイーンか……、やっぱりあいつが王様か! ヘルン2歩前に、ヒコルを狙うぞ!」
「イエッサー!」
ノリノリでヘルンが前に出る。これで直線上のヒコルに近づけた。ヘルンはポーンだが次のターンで投げさせる、もし逃げようものなら王様であることは確信的、ヘルンのパワーならある程度前へ出れば狙えないところなんてない。そうフアンは考えていた。
このゲームの良いバランスは、前に出てから相手ターンを待って木毬を投げれば、近いからうまく当てやすい。逆も然り、前に出るという行為が狙ってくださいと言っているようなものにもなる。
それでも堂々と前へ出るところ、さすがは運動系といったところだ。
一旦ヒコルは右斜め後ろへ2歩下がった。それに対してヘルンや他の駒も前進する手を選んだ。
ヒコルが完全に狙われる状態、ヒコルも逃げたり仲間の駒を壁にするという手段も使った。時たまに投げる手段を選んだがうまく決められず騎士見習いの魔力が少しずつ消費されていく。
しかし騎士見習いもバカではなかった、まずは厄介な壁であるヒコル以外の駒も狙おうということで一人落とされた。
5-4、一見騎士見習いが有利に見えるが、実は一人一人での質で言えば劣っている。それほどまでにヒコルに振り回されてしまったのだ。
そもそも騎士たちが誇らしい肉体を持っているのは、鍛えているのもあるが半分は魔力のおかげだ。魔導士というのはそもそも、肉体を伝い強靭的な運動を発揮する工程でなく、感覚と知識で魔力の存在を知り、言霊に乗せて森羅万象の恩恵を受ける。
なら無詠唱はどうなんだという話だが、心で唱えるというより念じることで上手くいっているようだ。ヒコル曰く言霊は「森羅万象への文通」、言霊という手段を用いてるだけで、念じることでも可能だということがわかった。しかし念ずること自体に集中力が要る。
話を戻すが騎士と魔導士は元は同じ、身体内の魔力を身体の表面に出すか否かという問題なだけなのだ。体力と魔力は全く違うようで実は同じようなもの、身体を動かせば魔力が僅かに、魔法を使えば体力が僅かに減っていくものだ。
「いつまで逃げてやがる! いい加減正々堂々と戦えよ腰抜けがぁぁ!!」
「良いよ、元よりそのつもりさ。ホールド」
ヒコルがヘルンの目の前に立つ。そしてホールド宣言、それに観客たちもざわついた。
ホールド、ストレインでのルールは、あえて攻撃することをやめ、駒を相手の目の前に置くことで、その駒を移動させたければまず妨害する駒を落とさなければならない。つまりは足止めとしてがっちり拘束する手段だ。
魔力の差が大きくてもメリットはある、ヒコルのように大きく移動する権利を持つ駒であるほど縦横無尽にステージを動き回れる。そんな駒をホールドして、使いたければ1ターン消費して足止めの駒を落とせ、という意味だ。
逆にホールドした駒も動けない。不気味な印象を持たれるヒコルのホールドという選択、強いからそのまま放置して他の駒を動かし倒して行くか、しかしヒコルが王様の場合、ここで潰すか魔力を削れば勝ちに近づく。フアンが取った行動は、
「ヘルン! 決めちまえ!!」
「へっ、覚悟しとけよ! お前が決めた選択なんだからな」
メリットがあるホールド、しかしこのストレイン・ウィザルドの場合どうだろうか。ホールドした駒を落とすには木毬で当てる必要がある。そしてホールドをするには近づかなければならない、向こうは落とすためにむしろ距離が近いことが望み、ホールドなんてまどろっこしいことをせず、1マス分空いていようとそこから投げれば良かったのだ。
つまりヒコルは、この筋肉ダルマの全力の木毬投げを、超至近距離から受けるなり避けるなりしなければならない。
「舐めやがってぇぇぇ!! 喰らえ!!」
投げた、しかしヒコルはすぐ反応して上半身を後ろに反らす、いわゆるイナバウアー。
木毬は後ろへ、しかし木毬投げの本領はここからだ。
「避けて満足すんじゃねぇぞ!!」
魔力操作で空中の木毬を止め、時が戻ったかのように逆の動きを見せる。再びヒコルの、今度は背中側に全速力で襲い掛かる。
「裏の取り方が単純だよね」
しかしヒコルは身体を捻るように横へ避けた。しかも小賢しいことにそれがギリギリすぎた、完全にヒコルの身体で死角になっていたヘルンに、自分で動かした木毬が襲い掛かってきた。
「うおっ!?」
すかさずヘルンは魔力障壁で木毬を跳ね返す。この魔力の反応速度、何だかんだで魔力を上手く扱えている。しかし、
「良くてメリハリ、悪くて極端な動かし方だね。魔力操作には、時には滑らかさも重要なんだよ。パッと出してパッと動かすその豪快で単調な操作は瞬発力は良いが、繊細さと持久力こそ主体の魔導士から見れば0点だよ」
「てめっ……、なっ!? くそ……」
振り向くと、跳ね返した木毬を持ったヒコルがいた。
「何やってるの? まだ君が攻撃する番なんだから、取り返して良いんだよ?」
ここから、ヒコルのやりたいことが始まる——
「取ってみなよ?」
ヒコルはただ普通に、左手の上に乗せた木毬をヘルンに見せつける。
「ふざけやがって、ふんっ!」
奪い返すよう全力で取りに行くがあしらわれてしまう。左にあった木毬はいつの間にか右に、右にあったのが取ろうとした時にはもう反対に、木毬を奥へ引こうとするものだから強引に前に出て取ろうとしたら逆に木毬をヘルンの後方へ向けて投げ……、るというフェイントでまだヒコルが持ってることに気付かずヘルンは後ろを向いた。
顔まで前に出たため視界にはヒコルの顔とその後ろの世界だけ、死角になっているためてっきり後ろに投げられたのかと思い探した時には、へにょへにょのスピードでヘルンの後頭部を当て跳ね返って気づけばヒコルの手の平の上だ。
「今ので当たったことにはしないさ、ここからが本番っ!」
言うと同時に投げヘルンがビビる、だがそれもまたフェイントでヒコルの手から木毬は離れていなかった。完全に煽られている。そしてそんな滑稽な姿を眺める観客たちにもヤジがかかる。
「何やってんだよさっさと取れよ!」「ビビってる~?」「良いぞぉヒコル~」「よせヘルン、そこでやめておけターンを終了させろ!」
ヤジに混ざってフアンの止めの声が入る、しかし苛立っているヘルンには届かなかった。それを見てヒコルは、
「そんなに取れないならこうしよう。俺は何もしない、後ろ向いてあげる、何なら手で視界を塞ごう。はいどうぞ」
無抵抗に渡された木毬、本当なら殴りたいほど怒っているヘルンだが今は冷静に、ヒコルから木毬を取っ……、ていない。
いや、取れないのだ。木毬がヒコルの手から離れないような感覚、まるでくっついている。自分の全力を持ってしても奪えない。
実際は、本当にくっついているのだ。さっきのフェイントも、今も、全てはスライムの粘着の力なのだ。手の平での粘着だから誰にも気づかれることはない。魔力は削られるが部分的であればスライム化を維持する時間が伸びそうだ。
今日の分、くらいの実験データは取れた。ヒコルは満足している。
「くっ、そ……、このままなめ……、られ……、て……」
するとそのままヘルンが倒れてしまった。
「あーあ、全力で行き過ぎるから……」
逆にヘルンほどの男が全力を注いでも引っぺがせなかったこのスライムの粘着力はとんでもない。これもまた良いデータだ。
「よぉし、じゃあ次は俺の……」
すると、急にヘルンの身体が光り、点滅し始めた。
「へ……?」
駒を動かすリーダーもまた駒の一つ、しかしリーダーであるからと言って王様であるとは、ヒコルは言っていない。リーダーという言葉を使っておいて実は王様とは無関係に等しい存在を作る。普通に聞いていればリーダー=王様と考えてしまうだろう。
しかしそれは騎士見習い側も分かっていた。だからフアンに見せかけて別の駒を……、のつもりだったのだろう。しかしそれが前衛中央のヘルンだとは……。
ある意味盲点、王様でないヒコルですらこの事実には驚いた。
「いやでも……、デメリットがでかいでしょそれは……」
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