3、変身(後編)


誰もいないところで、スライムの変身を解いてからみんなのところへ合流した。襲われたミルア同様、帰ってきていないヒコルを捜索していた教師もいた。合流した途端真っ先に怒られてしまったが、致し方無いことなのでヒコルは難なく受け入れた。


(ふう……、何とかなったな。あれ……?)


家に帰ってきた途端、急に力が抜けてしまった。いや、力だけならまだ良いが意識まで遠のいていくようだ。


玄関で倒れるヒコルを見て、ヒコルの母は驚いて駆けつけた。


「ヒコル大丈夫!? しっかりして!! 先生のところに行きましょう!!」


母の声すら、危うく遠く感じるほどに朦朧としていた。心配性で感情がオーバーになってしまう母の今の叫び声すらも、うるさく感じないほどだ。


母の肩を借りて、医者のところへゆっくりと行くことになった。全体から感じる気だるさ、身体の支えという支えとなる柱が次々と抜かれていくほどの倦怠感。免疫力が落ちていることが、僅かな悪寒やめまいで感じてしまうほどだった。


まさかスライムになったことの副作用か……、と思ったが、


「ただの魔力切れですね。今日は実技演習があったらしいので、思ったより魔力も精神も削られてしまったんじゃないですかね」


こんなことだろうな、とヒコルは思っていた。魔導士をやっているくらいだから、軽はずみな行動で魔力切れを起こしてしまうのは誰もが通る道だ。しかし問題は、ヒコルはそれなりに魔力を制限していたから問題ないと思っていたが……、まさかスライムになったことで消費が激しくなったのだろうか。


「あとは何も問題ないですね、今日はぐっすり寝てください」


「……!? 本当に何も問題ないんですか?」


「あぁ、何か気になるところでもあるのかい?」


「いえ……」


スライムの身体であることが、医者にバレていない?


バレていないのは都合が良いが、これでは自分の身体を調べられる人がいない。医者に診てもらう以上は、バレることは多少なりと覚悟の上だった。


科学者である以上、ヒコルは未知の存在を何も知らないまま駆使するなんて危ない行為はしない。せめてもう一人協力者が欲しいと少し考えていたところだった。


しかしスライムが中にいることをわざわざ告白する必要はない。いなくとも自分で調べることは不可能ではない。科学者に客観視は重要な要素だ。


自分の部屋に戻るやいなや、実験を行う。魔力が回復した途端、まずは身体の一部をスライムにしてちぎり取る。思ったより簡単に、そしてその行動に対して痛覚も躊躇もなかった。


やはりどう考えても異常な状態だ。見た目も感触も前世で触ったスライムそのものなのに、人間の身体がスライムになるという突拍子もない現象が起きている。


魔力が関係している、やはり未知の存在だ。この身体も、魔力が宿っている。これこそがファンタジーの世界、解明が難しいほどご都合の良い代物になっている。


今は難しいが、いつか必ず解明したいと、ヒコルはそう決意した。


ヒコルはスライムになった原因も大事だが、今はスライム人間になってできることを考えている。


まずはこの身体から取ったスライムを徹底的に調べ上げる。これなら客観的に調べやすい。


魔法を使うことにおいて、魔力感知はとても必要なことだ。身体に魔力が宿っている、その魔力にはその人特有の魔力があって、慣れれば相手がどこにいるか探ることも可能である。仲間や敵、索敵においてとても便利な能力だ。


その魔力感知でこのスライムをじっくり視てみると……、見た目より密度の濃い魔力が宿っていた。パッと見では気付かないくらい、深淵の領域にまで魔力が備わっている。


これは魔力切れになって当然だ。スライム人間になるのに魔力のコストが思ったよりかかっていたのだ。スライム人間の状態でさらに魔法なんか使ってしまったら、持久力が大きく下がる。


スライムをもっと知るためには、魔法を使うのは控えていたほうが良いかもしれない。今後の実験のために魔力はできるだけ温存しておこう。


そして翌日、


「ヒコル、実験のため魔力が思ったより必要なんだ。少し手伝ってくれないか?」


「ヒコル~~、あれ取ってくれない? お得意の物体浮遊術で!」


「お兄ちゃんまた見せてよ~! あの綺麗な『ハナビ』っていう魔法!!」


「今日の生物の授業は、実際に使い魔を鎮静するための魔力操作、いわゆる『躾』について教えていこう。基本的に縦社会で生きてきた魔物たちは、自分より魔力操作が上だと判断した者には服従、逆に下手だと下に見てしまう傾向がある。それじゃあヒコルくん、実際にやってみてくれ」


「ヒコル頼む! 風魔法による跳躍のテストの成績が悪いんだ、教えてくれ! 一緒に飛んでくれるだけで良い、見てバランス感覚を掴むからさ!」


魔力の温存ができない日々が続く。思えばヒコルは、普段から魔力を半分以上使用してしまう生活を送っている。魔力は体力そのもの、疲れて帰ってこない人なんかいないくらい、魔法は今引っ張りだこな時代なんだ。


(まあ半分ってとこかな、このまま帰って実験を進めてみようかな……)


授業が終わった、いわゆる放課後と言われる時間。待ち望んでいたその時、騒ぎが起きた。


「おい、大変だ! 騎士見習いたちが俺たちの広場を使っているぞ!!」


「嘘でしょ!? 抗議しに行きましょう!!」


あーあー何てことだ、最後の最後にとんだ大喧嘩が始まった。


「何考えているの、お互いのテリトリーは犯さないのがルールでしょ!?」


「そっちが先に破ったんだろうが!!」


「はぁ何の話!?」


「まずい、昨日の俺たちのせいだ……」


「まだ根に持っていたとはな……」


首謀者はやはりヘルンだった。昨日の僅かな失敗に目を瞑ってくれない、どころか調子に乗って事を大きくしたいようだ。


「先にルールを破った側が謝るのが筋ってもんじゃねぇのかよこの貧弱共が!」


「何よこのゴリラ!」「置き物筋肉!!」「シンプルにバカ!!」


(騎士側の悪口もあれだが、魔導士側もどっこいどっこいだよなぁ。しょうがない、事の原因である俺が何とかするしかないか……)


建物から見ていたヒコルが窓から風魔法を駆使して降りて、揉め事が起こっている中心へ移動する。もちろん人目があるため魔法を使う際、詠唱は欠かさなかった。


「みんな落ち着いてくれ! 魔導士組の皆ごめん、俺が物体浮遊術でカバンを浮かすのに誤って騎士組のところへ行ってしまったんだ」


「まじなのかよ……」「あのヒコルが……?」「信じられない……」


ヒコルは魔導士見習いの中でも人気と成績が高く、本人の意思とは無関係にリーダー扱いされている。そんな皆の憧れであるヒコルのミスに幻滅する者も一定数、いないわけがなかった。


「もちろんルールを破ってしまったことは謝りたい、というか謝ってる。実際は事故なんだ、でもそんな言い訳じゃ君たちは分かってくれない。現に腹の虫が治まらないから、君たちはこうやって仕返しをしているわけだ」


「それが何だって言うんだ!? 文句あんのか」


「仕返しは悪いことだが、悪いと主張したいわけじゃない。だとしてもそれは原因である俺がする立場じゃない。そこで提案があるんだ、お互いの不満をぶつけた、正々堂々の戦いをしよう!」


「戦いだと……?」


「魔導士見習いであるこっちのベット(賭け)は、謝罪の意味を込めて俺が君たちの部室を全部掃除してあげよう。それと、こっちの広場全部だ」


それにより両者がざわついた。騎士見習いが使う部室は汚い汗臭いで魔導士見習いが毛嫌いする場所だ。


「代わりにこっちが要求するのは、俺が犯した不祥事を忘れること、これ以上力に任せた横暴なことはしないということ、それと広場を半分もらう」


「広場ならちゃんと半分にしてるだろうが」


「いいや、正確には半分じゃないさ。魔導士見習いの広場は校舎沿い、君たち騎士見習いの意向で校舎の側に部室なんか設立したもんだからこっちの広場がかなり失ってる。こっちは前から不満を抱えていたんだ。ややこしいならお互いの広場を交換するっていうのでどうかな?」


「良いだろう。だが、お前だけで部室の掃除が終わると思えねぇなあ、だから魔導士見習い全員が掃除するってことにしておけ。優しいだろ?」


「それは皆と話し合って決める」


「それじゃあ問題の対戦方法はどうすんだよ? まさか盤上ゲームなんて言わないよなぁ?」


「いや、こっちが有利な盤上ゲームも、逆に君たちが有利な木毬競技も、結局はお互いが不満を持つ存在になると思うんだ。そこで俺は考えたんだ、この二つの競技を合わせた新しいゲームを……!」

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