3、変身(前編)


この森の食物連鎖の中でも上位に値するディザグリズリー、狂暴なその存在を逃がせばまた新たな犠牲を生んでしまうだろう。だからこの無防備な状態を維持して、騎士団に渡したほうが良い。


この熊も必死に生きている、だがやはりテリトリーというのは大事。人を襲った、テリトリーを犯した、それでこうなるのは当然の報いだ。


ヒコルは、今になってモンスターと対峙する理由を考えてしまった。


「何……? いや、誰……、なの?」


見られた……、この姿を。今のヒコルは全身がスライムのようなモンスターになっている。だが確かに『誰』と言うように後ろ姿だけなら人間に見えなくもない。


ただの好奇心……、念のための要素も入っているが、ヒコルは色のついたスライムで顔を、姿を、できるだけバレない特徴に変身して、後ろを振り向いた。


「……このモンスターを、拘束したから、あとで騎士団に引き渡して欲しい」


「わ、分かりました……。痛っ……!」


突然頭を抱えだした。足を治したが、頭も打っていたことをヒコルは知らなかった。


「下手に立ち上がらないで、座って、頭を良く見せて。……あ~、少し良くない」


「……良くないって?」


「それは……」


前世では『たんこぶ』と言われているものだが、この世界ではそう呼ばれていない。頭が腫れて少し大きくなる、その現象はもちろんこういう打ちどころの悪さで起こるものだが、医療の進歩が悪いこの世界ではまさにこれを腫れ物扱いにしている。


彼女が今、それになっていることを知ったらショックを受けるかもしれない。


「大丈夫、何も心配しなくて良い。今治してあ……」


差し伸べた手を、ミリアは掴んで止めた。


「答えて。見知らぬ人に、何も知らないまま治してもらうなんてできない。どんな現状でも受け入れるから」


ミリアの、時折見せる矜持だ。そこが彼女の良いところでもあるが、正直空回りに見える。


「ふっ、本当に怪我としては大したことないさ。ただ頭打ったところが腫れてるだけ、知ってるでしょ? でも問題ない、すぐ治る」


もう一度、止められた手を動かしミリアの打ったところに沿える。このスライムの手は、とてもひんやりしている。腫れを治すにはこれが一番だ。


「……すごい、痛みが引いていく。さっき触った時も思ったけど、あなたの手、水みたいに冷たいわね」


「だめかい?」


「ううん、私水とか海とか大好き。最初に覚えた魔法も、実は水魔法なの」


「そっか。はい、もう大丈夫。でもしばらくは安静にしててね、頭は大事だよ」


「ありがとう。本当にすごいのね、まさか無詠唱で魔法が使えるなんて」


(……あ)


これに関しては魔法を使っていない。いや正確には使っているのだろうが、魔力で構成されたスライムで冷やした、確かにそれは傍から見ると無詠唱で魔法を使ったように見える。


まあできるわけだし、下手に否定するのもややこしいので、ヒコルは肯定することにした。


「うん、でもそれは黙っておいてほしい。無詠唱に限らず、できれば俺のことも」


「わ、分かった……」


「おーい! ハルフリート先生~!!」


他の教師が来た、ここでバレるとモンスター扱いされるだろう。ヒコルは隠れることにした。


「じゃあ俺はこの辺で、気を付けてね」


去る前に、生徒のヒコルとして言えなかったことを、ここで言っておいたほうが良いかもしれない。そう思ってヒコルは口を開いた。


「詠唱のこと、君は少し発音やアクセントが本来と僅かに違うから弱々しいんだ。もう一度確認してみると良いよ。それじゃあ」


去って行く男の背中を、ミリアは頬を赤く染めたままずっと眺めていた。

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