2、認識(後編)


実技演習の成績は、単純にモンスターを討伐してきた数に応じる。


もちろん団体で行動したのならそれに見合う評価の仕方で、素材を持って来たりモンスターの身体の一部を剥ぐなどの証拠や自己申告、あとは監視した教師たちによる不正に引っかかることがなければ良い。


ヒコルの今日の功績は、エイムボアのような下級のモンスターを20体ほど討伐したことだ。中の下といった評価だが、一人でならそこそこ良い評価がもらえるはずだ。


試したいことも、時間がなかったが試せたし……、また家に帰って実験を……、と思った矢先、


(なっ……、何だ!? 今左頬から急に悪寒が……)


左頬……、ヒコルが立っているところの左側には、ミルアと話した木がある。


ヒコルは少し嫌な予感がして、引き返した。


「くっ……! テム・ラク・タイ・ハツ・ホウッ……!?」


今の詠唱はミリアの雷魔法、空から雷という恩恵を受けて帯電し、制御して放電するという工程で行う。しかしやはり魔法という瞬発力のないものは待ってくれない敵には不利に働く。


しかもよりによって、敵はディザグリズリーという大きな熊だ。モンスターの中でも騎士が何人も、魔導士でも5人はいないと討伐するのは難しい、食物連鎖の上位の存在だ。


詠唱を完了する前に突撃してくる、腕を振り回して、爪でミリアの足を引っ搔いた。


足を怪我してしまい、転んで頭を打って意識を失ってしまった。


「ハルフ先生ッ……!」


ヒコルが駆け付けた時には一足遅かった。だが無詠唱を見られずに済むという点に関してだけは有り難い状況だ。ミリアの代わりにヒコルが、雷魔法を無詠唱で発動する。


「ガァァァァ……!!」


身体の大きさと毛の濃さから、電撃にはやや効果が薄かった。ならば前世で習った、獣には炎というのはどうだ、とヒコルは無詠唱で草原に炎を走らせる。


急な炎が地面を走り、慌てて距離を取るディザグリズリー。この隙にヒコルはミリアのところへ行って、怪我をした部分に治癒魔法をかける。くどいようだがもちろん無詠唱で。


(良かった、先生が無事で……)


しかしこの油断のせいで、ディザグリズリーから致命傷を負ってしまう。


背後からの襲撃に気付き、しかし対応に遅れ出してしまったその右腕を、鋭い爪と強靭的な顎によって引き千切られてしまった。


こうなってしまっては治癒の限度を越えている重症、治せない。過去にない激痛で冷静さを欠かざるをえない。絶体絶命、と思いきや……、


「……やっぱり、痛みを感じない。それどころか……」


失ったはずの右腕が、断面からヌルヌルと再生したその正体は……、


「俺はどうやら……、スライム人間になったみたいだな」


「ガァァァァ!!」


ディザグリズリーが両手でヒコルを攻撃、すかさずヒコルも両手で止める。この取っ組み合い、確実に熊が有利だ。


スライムのおかげで、今掴まれた手に刺さっている爪の痛覚がない。再生もできる、しかし如何せん非力であることに変わりはない。


(くそ……、せめて粘り気がもう少しあればこいつに勝つ手段が……)


スライムを水っぽくしない、つまり粘り気を良くするには洗濯のり、もといエディートがもう少し必要だということだ。だがそんなもの今ここにはない。


あのスライムを飲み込むことで自分の身体がスライムになってしまうとは……、どこの漫画だと思ってしまう。だがあのスライム自体、地球産のスライムとは作りが違う。エディートという魔力を帯びた接着剤や、ホウ砂と思わしき魔力を僅かに帯びている石、つまりはスライムに魔力がプラスアルファされているわけだ。


そして魔力が宿るこの肉体、まごうことなく、魔力という繋がる要素があるからこうなるわけだ。身体の中にエディートやホウ砂を作る構築式のようなものができているから、この身体は魔力を消費してスライムを維持しているということに……、


(これだ……! 来い、粘り気!!)


何も力に対して真正面に対処する必要はない、力だけで押し込もうとする能のない熊には、日本産の体術でお相手しよう。


体さばきも、力の運動という科学だ。手順通りに、身体の軸を意識してバランスを崩せば、大きな熊を一度地面に叩き落とすことはそう難しくないだろう。力負けするという点に目を瞑ればの話だが。


そしてここからは、起き上がらないよう力で抑えることが必要になるだろう。だがそれに対して力でなくこの粘り気が相手になってやろう。熊と地面の間には、既にスライムというマットを敷かせてもらった。そしてこの粘り気を最大限に利用すれば実質ゴキブリホイホイ、そう簡単に動けたものではないだろう。


しかしそれでもとんでもないパワーを秘める熊なら、このゴキブリホイホイから抜け出すのは時間の問題だろう。しかしこの鈍った時間が重要だ。どんな動物に対しても有効な手段、それは呼吸をさせないことだ。


こればかりは下のスライムよりもさらに粘り強く行こう、鼻と口に突っ込んで呼吸困難に遭わせてやる。取ろうとしても無駄だ、拂おうとするその手はゲル状のヒコルに何のダメージも与えていない。数秒経つだけで、狂暴だったディザグリズリーは意識を失ってしまった。


討伐ではなく戦闘不能、だが充分、この危機を乗り越えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る