1、兆候(後編)


この世界……、リステビル王国は魔法が主流になったばかりだ。


己の肉体こそ正義、剣技と戦術でこの世を生き抜くのが正しい……。そんな常識が覆る時代が来た。


魔法という、今までの人間の力が一笑に付す存在が現れたのだ。


リステビル王国には二種類の人間がいる、昔の威厳を保つため未だ肉体の力に固執している騎士の名を背負う者、もう一つは新しい時代に夢見て魔法を身につける魔道士の名を背負う者である。


リステビル王国は広いが、学校は3種類しかない。一つは騎士を育てるための学校、もう一つは魔法を学ぶ学校、そして最後は両方それぞれ専門的に学ぶことができ、エリートのみが入ることができる、今最も国が全神経を注いで育てている学校、名をフリッシュ学園。


ヒコルはそこでも魔法だけなら主席に値する存在だ。


「ヒコルゥ、風魔法がうまくできないんだけど、一度見てくれないか?」


「あぁ良いよ、やってみて」


「ツゥイ・ドァウム・ティ・キィ・アゥツ!」


ヒコルの同級生、ラニエル・モルンの魔法をヒコルは観察する。昼休み、学園の広場で練習をすることになった。ラニエルが魔法を詠唱し、風を起こし、目の前のカバンを持ち上げようと試みたが、失敗に終わった。


「なぁ? 小石程度ならうまくいったんだけどカバンになった途端無理になったんだ。来週四大元素魔法のテストがあるだろ? その時には良い成績残したいんだ!」


「教えて欲しいのは風魔法だけ?」


「......できれば火と水と、土はぁ......、やっぱ自信ないや、頼むっ!!」


「分かったよ。まずさっきの風魔法の話だけど、そこまで行くと応用のレベルになるんだよ。カバンという重いものを持ち上げようとするなら、ツゥイムも必要になる」


「ツゥイム?」


「良いかい? 物体浮遊術、もとい風魔法の基本は、自分の身体に吹いてくる追い風を利用するところから始まる。追い風→その風を下へ→直角に風を上げる、この工程の間に回転する風、ツゥイムを使うことで、ある程度の重たいものも持ち上げることができるんだ。もう一度、イメージしながら、ドァウムの次にツゥイムを入れてやってみて」


もしラニエルが地球生まれだったら、低気圧と言えば分かりやすかっただろうが、この世界はそこまで解明できていないため低気圧なんて言葉は存在しない。


「わ、分かった……! ツゥイ・ドァウム・ツゥイム・ティ・キィ・アゥツ……!」


力強く答え、カバンは空高く宙を舞った。


「やった、成功だよヒコル!! ありがとう!」


しかし、肝心のカバンが昼休みに遊んでいた一人の男の頭に当たる。


「痛って……! おい誰だこのカバンを投げたのは!?」


「うわまっずい……、ヘルンだ!」


同じくヒコルの同級生、しかしそこまで仲が良いわけではない騎士見習いとして優秀なヘルン・マクフライ。遊んでる最中に邪魔をされて苛立っている。


「おいヒコルお前か、やったのは?」


「いや違うんだ僕が……」「俺なんだ。ごめんねわざとじゃないんだ」


ラニエルとヒコルが同じタイミングで喋るが、ヒコルが強く主張したためラニエルは途中で言うのを止めた。


「へっ、優秀な魔法使いとなるとこんな広い場所では足りませんってか? 調子に乗んなっ!」


ヘルンを含む騎士見習いの生徒たちは、毎日広場の縄張り争いで気が立っている。最低限、騎士見習いと魔導士見習いの広場の境界線がある。魔導士見習いの広場は狭いので不服だが、怒らせてしまうよりはまし、それでもこれは良くないことが起きた。相手のテリトリーに入ってしまったのだから。


「やめなさいヘルン、そうやって魔導士見習いの子たちをいじめるんじゃないわよ」


ヘルンの威圧を止めたのは、フリッシュ学園でも人気がある非常勤講師、ミリア・ハルフリート。皆からはハルフと愛称がつけられている。


「ちっ、覚えてろよ……」


ヘルンが捨て言葉を残し去っていく。ミリアも去るのだが……、


「へっ、ツイ・ドーム・テイ・キイ・アツ!!」


唱えたのはヘルン、対象はミリアのスカートに。弱々しいが布一枚も問題なく持ち上げる力、そのせいでミリアの下着が露わになってしまった。


「きゃっ! ちょっとヘルン!?」


「何もやってませんよぉ! 俺みたいな優秀な騎士が魔法なんて高度なものできないじゃないですかぁ! こいつらがやったんじゃないですかぁ?」


小賢しい……、毛嫌いしている魔法を覚えてもこうやって悪用するしか能がないのだ。


「……まあいいわ。今度やったら怒りますからね」


ミリアもヒコルたちがやったわけじゃないのは分かっている、しかし下着が見えてしまったことの居たたまれなさが勝ったのか、色々と不問にして帰ってしまった。


「ふふん、眼福眼福。魔法も捨てたもんじゃないよなぁ、ヒコル?」


「……まあ、不純な動機でもそれで魔法を覚えてくれるなら文句ないよ」


「へっへ」


「ちょっとヘルン、さっきから何してるの!? 早く再開するわよ!」


すると騎士側の縄張りから王家の一人娘、王女のエマ・マキライラがやってきた。


「へへっ、ついでだっ!」


悪だくみを続けたヘルンはエマにもスカートめくりを始めた。ふわりと布が浮き、その奥のものが露わになる。しかし......、


「す、スパッツ!?」


「ヘルン......!! あんた何考えてんのよ!!」


「わぁああすまねぇエマ、つい魔が差したんだぁぁぁ!!」


エマは騎士側の人間で、ヘルンのような筋力は劣るが身軽でアクロバティックな戦闘スタイルと王家の血であるそのカリスマ性から騎士側のリーダーとして一任されている。


「エマさんってすごいな、非力だと思ってたけど筋肉ダルマのヘルンをボコボコにしてる......」


「彼女は普段の身のこなしを風魔法でサポートして機敏になってるんだ、攻撃に風魔法の推進力を足せばより強力になる。俺よりも風魔法を使いこなしているよ」


「何言ってるのよ。魔導士見習い組のリーダーのくせに私より魔法で劣るわけがないじゃないの。それに知ってるわよ、あなたその気になれば風魔法で空も飛べるんでしょ?」


「魔力消費が激しいけどね」


「私にはそこまで風を強く出せないわ。また良ければ教えてね!」


エマはそう言って帰ってしまった。


「エマさん、ヒコルのこと気に入ってるね……」


「強い人が好きなだけだよ、エマさんは俺のことかい被ってるだけ。貧弱なのにさ」


「そ、その通りだてめぇら、よく分かってんじゃねぇか」


ボコボコにされたヘルンが立ち上がってヒコルたちに突っかかる。お利口だそのまま大人しくしておけよ、といわんばかりの表情。そしてヒコルの身なりを整え、最後にツンとおでこに指を当てる。しかし指がおでこから離れることなくそのまま引っ付き、引っこ抜こうとしたために引っ張られたヒコルはそのままバランスを崩してヘルンの身体へとダイブしてしまった。


「お前何やってんだよ」


「それはこっちのセリフだよ、離してよ……」


「な、何よヘルン、ヒコルといちゃいちゃしてるんじゃないわよ! 羨ましい……」


「うるせぇ! やっぱ魔導士ってやつはみんな軟弱もんだぜ」


ヘルンの指とヒコルのおでこがようやくとれて、ヘルンは行ってしまう。しかしその時に変な感触を覚えた。


「あいつおでこブヨブヨ……、うおっ! 指がベトベト、気持ち悪りぃ」

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