1、兆候(前編)


「……きなさい。ヒコル起きなさい!」


「……うぅ。おはよう」


目が覚めたら朝になっていた。母が起こしてくれなかったらいつまで寝ていたのやら。


「床で寝るなんて……、お父さんそっくりになってきたわね。あら、汗だくじゃない。ご飯の前に汗を流してきなさい」


母の忠告通り風呂には入りたいが、その前にヒコルは喉が渇いたので先に水を飲むことにした。


庭に出て、井戸の桶から水を汲む。


冷たい水が喉を通る。起き抜けに常温でないものを口に含むと変な感覚になる。冷たいものを含むと自然と頭が冴え、温かいものに触れると心までも温まる。こんな気持ちは前世でも味わい、解明できなかった現象だ。


ついでに顔も洗う。風呂で済ませても良かったのだがどうも目が乾燥していて我慢できなかった。


手で水をすくい、顔いっぱいにつける。そのままごしごしと洗う、カサカサだった肌に潤いが見えてきたような感触、それはもう手がベトベトになるくらい……、


「……ん?」


この感触を確かめようと思ったが、目が思うように開かない。この目すらも、ベトベトで塞がっているかのようだ。


「……あ、鼻に垂れた!」


鼻の穴が塞がってる、詰まったような、それでも呼吸ができないわけじゃないが鼻息で吐いても思うように取れない。


そしてそのベトベトは口にまで影響を受ける。上と下の唇が潤って、逆に粘着力が上がっている。


どういうことなんだこれは……!? 冷静になれ、呼吸を荒げてはいけない。残る触覚と聴覚で情報を……、


バシャッ! と、上から水をかぶった。いや……、かけられた。


「お兄ちゃんスキありぃ! そんなところでボーっとしてないで、はやくご飯食べよう!」


犯人はセイヤだった。いや、今は救世主と言っても過言じゃない。


妙なピンチが訪れたが、セイヤのおかげで一生を得た。


「ちょっとなにお兄ちゃん急に……、えへへ」


頭を撫でて喜ぶ……、微笑ましい光景だった。

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