0、プロローグ(後編)


「珍しいな、ヒコルが外出したいなんてな」

「うん、ありがとうね叔父さん」


こんな世界では日本に存在したスライムなんて作れない。だがやってみるより他にない、科学者はまず色々試すことが心のスキルとして必要な要素だ。


外出の目的は素材探しだ。ヒコルの父親の弟は騎士の一人、モンスターが蔓延る外の世界に問題なく行くことができる。


叔父の休暇にお願いして、塩湖まで連れて行ってくれることになった。


「しかしヒコルぅ、海に行きたいのは良いが俺とお前だけかぁ? 女は誘わなかったのかぁ?」


叔父の痛いところを突く発言も無視して、ただただヒコルは跡地のところで四つん這いになりながらも色々な石を採取していた。


そして案の定、お目当てのものをゲットした。


スライムに必要な素材、あと一つはこの世界で入手するのは不可能と言っても良い。だが、それに近いものがある。


この世界には、エディチュラという蜘蛛のような小さいモンスターがいる。その蜘蛛から出る糸を水魔法で液状化したものがある。エディートという、レンガとレンガをくっつけたり、壊れたものを直す接着用途として使われている高級品だ。

それを開発したのはヒコルの父親で、企業秘密であるためヒコルくらいしかエディートのことを知る者はいない。なおヒコルはそこまでお金を持っていないので、父の研究所から拝借することにした、無断で。


「よし……、準備はできた!」


早速今晩始めよう、自分の部屋なら問題ない。3分でできる、ヒコズキッチンの始まり始まり。


用意するのはこちら。

・二つの木製容器(適当で良いよ、溶けてしまうようなものはないからね)

・お湯

・混ぜる棒(洗った木の枝)

・塩湖で見つけた石(ホウ砂代わり)

・エディート(洗濯のり代わり)

・絵の具(にしたかったがないので、染料としてアイを用意した)


計量カップがないが、そこは目分量で行く。何回も作ってきたヒコル、いや富彦には分かるのだ。


まずは、一つ目の容器にエディートと水を入れてかき混ぜる。ヒコルは量を1対1の割合にしている。

ここで色を足すために染料を入れる。透明にしたい場合は必要ないが、色がないのはやはり味気ないものだ。


次に二つ目の容器にお湯と、塩湖で見つけた石を入れてかき混ぜる。お湯は一つ目に入れた水の半分、石といっても砂状にしたものを、隠し味のように数回つまんだものを入れる。あとはその二つをひたすらかき混ぜるだけ。終わり。


実はこの砂が一番自信がない。洗濯のり代わりのエディートはともかく、ホウ砂らしき、いやそうであってほしいものは、ホウ素がポリマーを架橋しゲル化する反応を利用するからスライムができるのだ。要するにこれがなければ固まらずスライムにならない。


とはいえ洗濯のりの主成分であるポリビニルアルコールなんて合成樹脂は自然で採れるわけがない。ホウ砂は塩湖が乾燥したところで手に入るとはいえ、この世界では不可能か……、


ダマにならないようかき混ぜる。


「……おぉ?」


さらにさらにかき混ぜる。


「おぉぉぉ!!?」


実験は成功だ、この感触は明らかにスライムそのものだ。


「ヒコルーーー、何してるのーー?」


部屋の外から女の声がする。これを聞いてヒコルは誰か分かった。新たな母親だ。二階のこの部屋に来るために、階段を上る足音まで聞こえてきた。


「ヒコルーー、お前私の部屋に入ったろぉ? 分かってるんだからなぁ!」


今度の低い声は、新たな父親だ。入ってはいけない父の部屋にヒコルが入ったのがバレてカンカンだ。こっちに来てる。


「ヒコルよぉ、今度の外出はどこ行くかぁ? 今度はちゃんと友達連れて来いよ!」


今度は叔父の声、おちゃらけた声でこっちに来てる。


「ヒコルにいちゃん、あそぼーよ!!」


今度は新たな弟、セイヤが来た。


まずい、色々とまずいことが起きた。ただ家族全員が奇跡的に自分の部屋に来たということに、まずいと思うことはあまり思わないかもしれない。しかしタイミングが悪すぎた。


まず母親、母の弱い精神でスライムなんて摩訶不思議なものを見てしまったら倒れてしまいそうだ。

次に父親、勝手に材料を使ったことは事実なので怒られてしまう。

そして叔父、騎士としてスライムという変なものを見てしまっては倒すとなって没収されかねない。

最後に弟、どんなものもぞんざいに扱ってしまう性格、そんな人間にスライムなんて見せたら何をされるか……。


「ヒコルーー、入るわよ。あら、ご飯食べてたの?」


ヒコルはただ無言で首を縦に振った。


「ヒコル、お前私の部屋に入っただろ? 何とか言ったらどうなんだおい!?」


ヒコルは石板に『この前入った時忘れていったものを取りに行っただけだよ』と書くと、うむそうか……、と怒りが収まった。


「ヒコルー、次はどこへ行こうか? 海行ったから今度は山にしようか」


ヒコルは石板に書いた字を消して『しばらくは行かなくていいや』と書くと、少しショックを受けて叔父は帰ってしまった。


「ねぇねぇお兄ちゃん……、何で口閉じたままなの?」


ヒコルは再び石板で答える。


「えーと、何て書いてあるの?」


セイヤはまだ字を読むことができない。

さっきから口を閉じている理由、それは口の中にスライムをふくんだままだからだ。


どこかへ隠そうにも、この本だらけの散らかった部屋、湿ったものを置くのに向いていない上、下手にこのほこりの多いところへ置くとせっかく作ったスライムが汚れてしまう。やむを得ず、ヒコルはスライムを口の中に入れてしまったのだ。良い子は真似しないように。


「お兄ちゃんは勉強中で夜食まで用意してるくらいなんだから、遊ぶのはまた後にしましょーね! その間にお風呂入っちゃおうか」


母のナイスフォローで弟も退けた。容器を二つも用意してたのが奇跡的に誤魔化す要因となった。


(あ、扉開きっぱなしだ……)


なぜここで、スライムを吐き出してから立ち上がり動こうとしなかったのか。


スライムをどこに隠そうかあたふたした時、ふいに落としてしまった紙を踏んで、滑らせてしまった。


頭を強く打ち、スライムをそのまま飲み込んで、ヒコルは意識を失ってしまった……。

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