0ーb.

「なんだぁ、これ……」

 瓦礫の山だけとなった施設跡地を見て、思わず唸ったのは殺鬼であった。

 廃屋から逃げだした後、どこへ逃げるべきかと散々悩み、悩んだ末に結局施設がある方角へと足を向けていた殺鬼である。

 ここへ至るまで、全て徒歩。怪我した脇腹を庇いながら、丸一日と半日をかけてようやく辿り着いた……というのに、当の施設はこの有様である。

 おまけに天気も悪い。空は明るく、確かに雲は厚いが青空が所々で見えているというのに、細かな雨が降り続いていた。雨避けする場所もなく、殺鬼はその場にずるずると座り込む。

「あぁー……こんなことなら、兄貴が気になるからって、帰ってくるんじゃなかったぜ……」

 そんなことを呟いたからだろうか。

 ふいに誰かの気配を感じて、殺鬼は振り返った。

 瓦礫が高く降り積もっている場所。瓦礫の山の前に、ソレはいた。

 それまでまったく気配がなかった。いや、そもそも、こんな目立つところに立っていたというのに、見逃すものだろうか。

「兄貴……だよな?」

 立ち上がり、後ろ姿へ呼びかける。

 疑ってしまったのは、廃屋で見た少年と、瓦礫の前にいるソレが、どことなく雰囲気が違っていたからだ。

 そしてそれは、振り返ったソレを見て、確信を得ることになる。

「兄貴、その目」

 ソレの目は、紅く。

 深く紅い、瞳の色をしていた。

 そのことにソレ自身は気付いていないのか。殺鬼の姿を視認し、少し考える素振りをした後、口を開いた。

「なんだ、お前か」

「あぁオレだけど。まさかと言うか、いや考えてみればそれしか思い付かねぇけど、施設をこんなのにしたのは兄貴なのか?」

「いや――」

 否定しかけて。

 すぐに考えを改めた。

「――あぁ、いや、俺がしたことに、した方がいいのか」

「なんだそれ。どっちなんだよ」

「俺が、やった。そういうことに、する」

 今度はそう言い切った。

 そうして再び考える素振りを見せる。

「……お前は、俺が見えている、のか」

「あ?」

「それに、会話も……そう、か。まだ、この異常は、消し切れてない、のか」

 ソレは一つ、勝手に納得して。

 手元の小刀を見やり、握りしめた。

「やることが、できた」


 そうして、ソレは笑みを浮かべた。

 口元だけに笑みを含ませ、しかし目は笑うことがない、偽物じみた笑みだった。


 ソレは言う。

「また、見逃してやるよ。妹」

「え、兄貴、ちょ……」

 咄嗟に呼び止める間もなく。

 ソレは瞬きの間に掻き消えた。

 まるで最初から、そこに存在していなかったかのようだった。

 幻影だったかのように、幻覚だったかのように。

「あー……なるほど」

 殺鬼は、なんとなくだが、理解した。

「人を辞めた、ということか。兄貴の奴」

 何も居なくなった空間へ向けて、呟いた。



 これは、誰に語り継がれることなく、ひっそりと人から外れた少年の物語。

 その後の彼は、各地で暗殺者教育施設と同列としていた他の機関や設備を破壊し尽くしていった。どれも、施設と同じ、内側からの爆発による崩壊という、まったく同じ手口だったという。

 彼を目撃したという者は数少ないが、彼が確かに自身のことを『代行者』であり、名を聞かれれば『闇裏 友』と、名乗っていたという。

 その名に意味があるのかは、不明である。


 数少ない生き残りである殺人鬼もどきが、放浪の末に京都で通り魔事件を起こすのは、これより一年後の話となる。


     END

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デッド・ボーダーライン ーPastー 光闇 游 @kouyami_50

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