5.

 鼓膜を揺さぶるような警報アラームが、施設内に響き渡っている。 

 その音に被せるように銃声が鳴き叫んでいたのだが、ふいにそれらがピタリと止んだ。彼女が顔を出して通路の奥を見やれば、そこには死屍累々の光景が広がっている。

「……ろくな装備が、ないな。やっぱり、取りに行かないと、か」

 この光景を作り上げた本人である少年は、傷一つ無い様子で呑気にそんなことを呟いていた。転がっている拳銃と刃物をいくつか拾い上げ、少年は彼女へと声をかける。

「ヤミウラ。施設内を探ったこと、あるんだろ。武器庫ってどこ?」

「知らないのですか?」

「知らない。地下と、出口の方角、以外は」

 警報アラームは鳴り止まない。ふいに少年が拾った拳銃を通路奥へと向けたかと思えば、角から飛び出した職員の眉間を的確に撃ち抜いた。

 彼女はそれを視界に納めながらも答える。

「武器庫は二階ですよ。出口とはちょうど真逆の方向ですね」

「なるほど。わかった」

「でも気をつけてください。この先、おそらく昨夜のような――」

 忠告の最中で、再び角から別の影が飛び出す。即座に反応して銃を向ける少年だが、僅かに目を細めて後ろへと飛び退いた。

 先程の職員よりも一回り小さい影。子供だった。突き出されるナイフを避け、そのナイフを持った腕を掴んで背負い投げれば、呆気なく子供は床へと叩きつけられる。そのまま隙を与えず、少年は拳銃の銃口を向けた。

 と、突然呻きながら子供が叫ぶ。

「撃て! 僕を殺せ!」

 間髪入れずに撃った。軽すぎる破裂音と共に、新しい遺体が、一つ。

 少年は眉を顰める。

「死にたがって、た……?」

 怪訝そうに呟く。

 彼女にも子供の叫びは聞こえていた。駆け寄り、絶命した子供の目を覗き込む。

「……楽に、死にたかったのでしょうね。貴方ならば確実に殺してくれると、考えたのかもしれません」

「……」

 長く考えている暇はない。また角の向こうからこちらへと走ってくる影を、今度は少年から走り出し間合いを詰め、拾ったナイフで的確に眉間を穿つ。

 相手は笑っていた。まるで救われたかのように、安らかに。

「ヤミウラ」

 少年は後ろを振り返り、彼女を睨む。

「アンタ、まだ俺に、言ってないことがあるだろ」

「さて? どうでしょう」

「異常なのは、俺だけじゃない。核は俺だが、施設自体が、異常なんだろ。ここは、もう手の施しようがない程に、終わっている」

 真っ直ぐな目に、彼女は口元に苦笑を浮かべる。そして困ったように、口篭もりながら答えた。

「ええ、まぁ……ご名答です。ここは死が蔓延しすぎていて、人を……この施設に関わった誰も彼も、ほぼ強制的に死にたいという願望を植え付けられる。このまま放置していれば、いずれこの場所は施設とはまったく関わりの無い者をも呼び寄せて狂わせる、世界そのものへの脅威になる程の異界と化すでしょうね」

「ふぅん……」

 少年は昨夜の子供達を思い出す。

 相打ちしていた彼らは、それでもどことなく、安心したような顔で死んでいった。

 つまり、それは、こういうことで。

 無意識に握りしめていた拳を、意識的に解き、少年は息を吐くついでに言う。

「走る」

「はい?」

「さっさと、片付ける。ついて来いよ。ヤミウラ」

 言い終わるや否や、本当に少年は走り出した。慌てて後ろを追いかける彼女だったが、少年の姿はあっという間に通路の角向こうへと見えなくなってしまう。

 彼女は口元を少しだけ引き攣らせた。

「……これは……闇裏家の現役時代の私でも、敵わなかったでしょうね……まったく、とんでもないモノを作ってくれたものですよ、この施設は」


 少年を見失いはしたが、その行方を知るのは簡単だった。行く先々に転がっている屍を辿り、二階へと続く階段が見えてくるとそれを昇る。

 少年は無事に武器庫へと辿り着いたようだ。彼女が中を覗けば、少年はガチャガチャと何かを設置しているところだった。

「ヤミウラ」

 頭を上げた少年が、何かを彼女へと放り投げる。咄嗟に掴んだものを見れば、それは遠隔式の何かのスイッチのようだ。

「必要なのは、取ったから、後は破壊する。それ、爆弾起動のやつ。ここを離れたら、適当に押して」

「軽々とそんな危険物を投げ渡さないでくれます?」

「今の俺の手だと、誤作動する」

 未だに震えている掌を振って見せる少年である。彼女は「仕方ないですね……」と慎重にスイッチを持ち直す。

 少年の手持ちはあまり変わっていないように見えた。先程まで持っていた拳銃とは違う小さな銃と、小振りの手持ちナイフ。それと、もう一つ――

 と、突然少年が武器庫から飛び出し、通路を今来た方向へと駆ける。彼女も後を追えば、今度はすぐに少年に追いついた。背後には、子供の影が、三つ。

「ヤミウラ、押して」

「あぁなるほど」

 意味を理解して、彼女は預かっていたスイッチを押す。

 轟音と共に施設内が揺れた。一瞬にして視界を黒い煙が覆うが、構わずに少年と彼女は階段を駆け下りる。黒煙を抜け、そのまま足を止めずに突き進む。この先にあるのは出口だ。

 が、当然ながら、そのまま無事に出口へと辿り着くことはなかった。少年が急に立ち止まる。

 出口の手前。この施設の玄関ホールに佇んでいたのは、少年の師に当たるあの男。


 隻眼の男が、真っ直ぐに少年を待ち構えていた。


 ×××


 玄関ホールは二階までの吹き抜け構造になっている。

 他の場所よりも一段と高い天井には、ホール全体を照らす大きなシャンデリアがぶら下がっていた。煌々と明るいそれは、先程の爆発の振動で僅かに揺れている。

 ホール内はこれまでの道中とは違い、不気味なほどに静かだ。警報アラームも聞こえない。そんな、揺れるシャンデリアの真下で、隻眼の男はこちらを向いて立っていた。

「師匠」

 呼びかける少年の声は落ち着いていた。

 最初からここにいると、わかっていたのだろう。真正面に対峙し、少年は口を開く。

「聞きたいことが、あるんだけど」

「お前は知らなくていい」

 師の返答は早かった。それ以上のことは何も言うつもりが無いと示すように、腕を差し出すように少年へと向ける。

 対する少年は、口を閉じて目を伏せた。

 掌が一度だけ強く握られ、すぐに解かれる。湧き起こる感情を押し殺し、少年は長く息を吐き出すと、ナイフを逆手に持ち腕を前にする構えを取った。師と、同じように。


 伏せていた目を上げる。

 刹那、静寂は掻き消えた。


 床を蹴り、飛び出した少年が男の間合いに踏みいる。その早さは目で追うことも難しいほどであったが、少年の師である男は動じない。繰り出されるナイフの軌道を読み切り、少年の手首を掴む。

 それは廃屋での少年の手法と同じだ。そのまま手首を引かれ体勢を崩し引き倒されるところを、少年は自ら床へと身を投げて転がることにより回避し、同時に手首を振り払う。

 素早く起き上がった少年が師へとナイフを向けるのと、師が懐から銃を取り出し少年へと向けたのは、ほぼ同時だった。瞬時に不利と判断した少年が真横へと床蹴ったのと、師が引き金を引いたのも、同時。大きな発砲音と共に打ち出された弾は少年に当たることはなかったが、床へと着弾し、破裂した。

 まるで爆発したかのようだった。着弾した大理石の床が大きく抉れ、細かな破片が飛ぶ。もし直撃でもすれば四肢が飛ぶ可能性すらある威力だ。

 真横へと飛んだ少年が床を滑りながらも体勢を立て直し、距離を取るために駆ける。すぐに師の銃が追いかけてきた。連射はできないようだが、一撃が重い。的確に少年が行く一歩前を撃ち抜いてくる為、ジグザクに動いて回避する。

 飛び散る破片が少年の頬を掠った。それにも構わずに顔を上げ、師と自身の位置を把握する。時計回りにホールを駆けていた少年の左手に、円柱の柱。

 身を翻して柱の影へと身を滑り込ませる。直後、銃弾が柱を抉った。威力の大きいそれは深く柱を穿ち揺さぶり、着弾した箇所より上部がガラガラと崩れて落ちていく。

 その崩れた柱に、少年は助走をつけて飛び乗る。すぐさま師が照準を合わせるが、それよりも一歩早く、少年は更に飛び上がった。と同時にジャラリ、と少年の袖口から鎖が飛び出す。

 昨夜の廃屋でも使っていた暗器だ。鎖は黒い線となって上へと伸び、ホールを照らすシャンデリアへと引っかかる。それを支点に身体を振り子のようにして更に更に上へと飛び上がった少年は、拳銃を構えた。

 発砲音が三回。空中で無茶な体勢で撃たれたそれらは、それでも的確に、シャンデリアをつり下げている金具を打ち抜いた。


 ホールが暗闇に包まれるのが先だったか、凄まじい落下音がするのが先だったか。

 一人、離れた場所で彼らの戦いを静観していた彼女は、目撃していた。

 上から落ちてくるシャンデリアには目もくれず、ただ彼女の方を見て、諦めたように、男は微笑んでいた。



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