第95錠 黒と色彩のアーティスト⑯ ~探索~


 屋敷の中に入れば、そこは目を見瞠るような景色が広がっていてた。


 入ってすぐの玄関ホールは、パーティーでも行うのかってくらい広々としているし、高い天井の中央には、蜘蛛の巣がかかったシャンデリアまであった。


 そして、赤い絨毯が続く先には、二階に続く階段。


 そして、それですら平素なものではなく、デザイン性にすぐれた美しい装飾が刻まれていた。

 

 きっと、腕利きの職人が掘ったのだろう。


 そして、その屋敷は、まさにお嬢様が暮らしていたといわれるにふさわしい、豪勢すぎる屋敷だった。

 

「……すごーい」


 そして、屋敷に入った瞬間、女子の一人が、感嘆の声をあげた。


 あまりの豪華さに目がくらんで、誰も唖然としていた。

 

 だが、その声をきっかけに、みんなの会話は、踊るように熱気を帯びていく。


「うわぁ、スゲー! めちゃくちゃ、広いじゃん、この屋敷!」 

 

「ほんと! お嬢様のお屋敷って感じ! 絶対、執事いたよね、この屋敷なら!」


「つーかこれ、絶対、死体探すより、お宝探したほうがいいって!?」

 

 そして、その会話は、完全に、お化け屋敷に入った反応ではなくなっていた。

  

 今は昼間だからか、明るい陽の光が射し込む屋敷の中は、お化け屋敷とわれるほど怖くはなく、逆に、ここまで豪華な屋敷の中を探検できるのが、楽しみにもなってきた。


「とりあえず、奥に行ってみようーぜ!」


 樋口が、屋敷の中を駆けだせば、彩葉も、その後に続いた。


 屋敷に奥には、大小さまざまな部屋が点在していて、その全てが、とても優美だった。


 特に、一番凄かったのが、お嬢様の私室だったのか、二階の奥にある部屋。

 

 そこは、広さだけじゃなく、明るさも優雅さも、群を抜いて美しかった。


 しかも、無人になってどれくらいたつのか分からないが、部屋に置き去りにされたドレッサーやヘッドは、今も朽ちることなく置かれていた。

 

 老朽化した屋敷だというのに、その形を残し続けているところを見れば、その一つ一つの家具が、いかに上質なものだったのかが窺える。


 だが、無人になった時に、高価なものは、あらかた持ち出されたあとなのだろう。


 屋敷の中に、絵画らしいものは一切、見当たらなかった。

 

「黒崎君に言ってた絵、見つからないね?」


 二階を探索し、一階に戻る道中、女子の一人が、残念そうに彩葉に語りかけた。

 

 どれだけ探しても見つからない。

 たからか、確かに残念ではあった。

 でも、彩葉は


「仕方ないよ。母さんも、子供のころに見たっていってたし」


「でも、子供の頃に見たなら、ここにあったってことだよな?」


「でも、盗まれたのかもしれないよー」


「あー、それは、あり得る!」


「だけど、出入り口は、あの穴だけなんでしょ? 絵画とか持ちだせるかな?」


 確かに、出入り口は、あの穴だけだった。

 

 でも、悪いことを考える大人なら、あの高い柵をよじ登ってでも強奪していくだろう。なら、盗まれた可能性は十分あった。


「絵のことは、もういいよ。それより、これからどうする?」


 その後、一階に戻れば、彩葉は、樋口たちに問いかけた。


 お屋敷の中は、あらかた探索した。もうここにはないのかもしれない。だが、樋口は――


「あっちの棟は、まだ見てないだろ?」


 そういって目を向けた先には、この屋敷の隣にたつ、小さめの屋敷だった。

 

 こじんまりとしたその屋敷は、こちらの屋敷よりも質素な雰囲気で、正面のからは見えない位置に、ひっそりとたたずんでいた。

 

 確かに、あの棟は、また確認してない。

  

「でも、あっちまで行けるの? この屋敷と繋がってる渡り廊下は、しっかり鍵がかかってたけど」


「え! そうなのか!?」


 さっき、屋敷の中を探索したとき、隣の棟と繋がる渡り廊下をみつけた。

 

 だが、その渡り廊下の扉は、しっかりと施錠されていて、先に進める感じではなかった。


「じゃぁ、一旦、外に出てみるか? もしかしたら、他の入口があるかもしれないし」


「行こうぜ、黒崎! ここまできたなら、全部探索しときたいし!」


「ねぇ、あの部屋、まだ見てないんじゃない?」


「「え?」」


 だが、そんな中、女子の声が響いた。

 

 あの部屋といって、彼女が指をさした先には、確かに部屋があった。


 屋敷の一番奥。

 両開きの重厚な扉の入り口には『執務室』と書かれたプレートがあった。


「執務室って、何の部屋?」


「屋敷の主人とか執事が、仕事のために使う部屋だよ」


「そうなんだ?」


 女子の質問に彩葉が答えれば、好奇心旺盛な子供たちは、すぐさま執務室へと駆け出した。

 

 ドアノブに手をかければ、ガチャと小さな音がして、中に入る。


 すると、その中には、壁一面に敷き詰められた本棚があった。


「わぁー、本がいっぱい」


 それは、まさに仕事部屋と呼ぶにふさわしい場所だった。


 窓際のデスクには、鍵付きの引き出しが付いていて、壁に敷き詰められた本棚には、英語なのかフランス語なのかわからない洋書が、所狭しと並んでいた。


 ホコリっぽくて、決してキレイな場所ではないはずなのに、それですら、まるで絵本の中の一ページのようで、子供たちの気持ちは、駆け上がるように膨れあがる。


 なにより、この屋敷に残る痕跡のひとつひとつが、当時の住人たちの姿を、鮮明に映し出すようでもあった。

 

「わぁ、オシャレな部屋! 私、外国の映画で、こんな部屋、見た事ある!」


「絶対、ここで執事が仕事してたよね!?」


「でも、外国語の本ばっかだぞ! 読めねぇし」


「きっと、外国語がペラペラな執事さんだったんだよ!」


「マジか、執事ってスゲー!」

 

「でも、この部屋にも絵はないね」

 

「あ、飾ってあった跡はあるよ! 日焼けのあとがついてるもん」


 興奮状態で、子供たちが執務室を探索する。

 机の引き出しやクローゼットの中など。


 だが、どこを探しても絵画はなく、絵がかけられていた日焼けあとから、とっくに持ち去られたのだと判断する。


「なんか、残念だね?」


「でも、こんなに豪華なお屋敷に飾ってある絵だよ。かなり高そうだし、やっぱり盗まれたんだよ」


「うーむ。まぁ、とりあえず、時間もないしさ。一旦、外に出て、隣の棟に行ってみようぜ!」


 すると、日が傾き始めたからか、子供たちは、別棟へ移動しようと、執務室を後にする。

  

「ちょっと、まって」


 だが、部屋をでる直後、彩葉がみんなを引き止めた。


「どうした、黒崎?」


「いや、あの本だけ、妙に綺麗だなって」


 そう言って、彩葉が見つめた先には、一冊だけがあった。

 

 長い年月を経て、他の本は全て変色しているのに、その本だけは、不気味なくらい鮮やかな色を保っていた。


「え、なにこれ」

 

「もしかしたら、本じゃないのかも?」


 あまりにも不自然で、彩葉は恐る恐る、その本を手に取る。


 ──ガチャン。


「!?」


 だが、その瞬間、本棚の奥から音がした。


 まるで、鍵が開いたような機械的な音。


 そして、その本棚は、ギィィと不気味な音を立てて開かれた。


 そして、その奥に見えたのは、真っ暗な闇だった。

 

 なにも見えない、深淵の闇。

 光さえ届かない漆黒の世界。


 屋敷の優雅さとは対象的なその闇は、へ続く入口だった。

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