第21話 言葉の記録
ここは40年以上続く老舗のスナックだ。
古めかしいと言えばそれまでだが、昨今のレトロブームが合いあまって逆に良い雰囲気のある店だ。それゆえ、客層は古くからの常連さんはもちろん、若い女性客まで幅広い。
12番テーブル
「自分が何者であるかを表現し続けることが大事なんだよ」
と、JINROの水割りを片手に山木は言った。
山木との会話は正直、そんなこと小難しく考えたってしょうがないじゃん、と思うことが多くてつまらない。話を聞いている振りして、もっとライトな話題に切替ようと様子を伺っていることが多い。
でも、仕事を辞めたばかりの私に、その日のその言葉は残った。
自分の好きなことって何だろう?自分というものを何を使って表現したらいいのだろう?
3番テーブル
「君は大丈夫。だから君のやりたいことを発信し続けなさい。そうしたら、きっと誰かが拾ってくれるから。」
ストレートのいいちこが入ったグラスの横に、スマホを置いた堀田は、私の妄想とも言える“もし事業を起こすなら何をやりたいか?リスト”をメモをして、面白いアイデアだね、と、にやりと笑った。還暦をとうに過ぎたという堀田は白いものが混じった髭を中尾彬よろしく撫でながら、「A4の紙一枚でいい。きちんと根拠となる数字を入れて企画書を書いて。誰にでもすぐ見せれるように。“今”、私にやれることはないかもしれないけど、いずれその時が来たら力になるよ。」と言った。
飲みの席の戯れの言葉と知りながら、それでもそう言ってくれる人がいるということが嬉しかった。
カウンター
「私がいなくてもなんとかなる。それが福祉でなくてはいけないんです。」
リサがいつも飲むのは1:1で割ったウイスキーだ。障がい者福祉施設で管理者をしているリサに、尊敬の念をこめて「責任の大きさはあるけど、社会に絶対必要な仕事ですよね。自分の存在意義が大きいからやりがいもきっとありますよね。」と言った。リサは首を振って、「自分がいないからといって回らないというのは福祉の世界では本来あってはならないんです。私がいなかったらこの人は生きていけない、ということがない環境でないといけないんです。」と答えた。
私が働いていた会社は、きっと私がいなくなったとて大した影響はないかもしれない。それがちょっとだけ悔しい気もするけれど、残された同僚たちへの申し訳ない気持ちが軽くなる。
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