第22話 家主のいない部屋
羽田空港の保安検査場で、豆粒くらいになるまで遠ざかっていくJ君を見送っている時、ふと隣を見たら同じように恋人に手を振り続ける女の子がいて、その顔が今にも泣きそうだったから、私もつられて泣きそうになる。
(でも結局、私もその子も涙はこぼしていない。女は強いのだ)
J君の家に戻ると、昨日届いた引っ越しの段ボールの山がある。J君は家を出る前にこう言った。
「こうして浸食されていくんだな」
…喜んでいると捉えておこう。
J君の海外赴任が決まった時、別れるか結婚するかの二択だと思ったが、J君は結婚もしないけれど別れもしないという道を希望した。
話し合ったし、不満も言ったし、喧嘩もしたけど、結果として私はJ君の家にひとまず引っ越してきた。ちょうど家賃の更新のタイミングが重なったことも理由のひとつだ。そして、私もベトナムに行きます!と会社を辞めてきた。
現時点で、私は本当に行くつもりがある。なぜなら、元夫が海外赴任で不倫していたから、今度はアマゾンだろうとついていくと決めていた。
でも当時と状況が違うのは、私とJ君は婚姻関係にないということ。その場合帯同ビザが使えないので、長期滞在が難しい。留学する資金もない私は、現地採用を目指すしかない。いくつかエージェントと話してわかったことだが、就労ビザ取得のハードルが高い。より専門性の高い人物のみを受け入れているため、日本での経験がものを言う。
そしてそもそも、私には能力がない。広く浅い仕事をやってきた私には専門性なんぞないし、マネジメントスキルもない。TOEICだって520点しかない。さらに追い打ちをかけているのが円安の影響だ。海外就労を目指す人が増えて少ない求人の取り合いとなっている。
J君は、海外生活が長かった経験から私の決断を不安視している。現地採用の不安定さとか帰国後の就職はどうするかとか。それでも、J君も来るなとは言ってないから私は行くことにした。我ながら思い切ったものだ。
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