第23話 引越前夜
引越の片付けをしている時、グリーンの便箋に書かれたメモが出てきた。
8年前、この部屋に引っ越す前に書いたものだ。
箇条書きを見て思わず笑ってしまう。
やることリスト
・部屋探し
・仕事探し
・各種変更手続き(ケータイ、カード、保険など)
・荷物整理
・お詫びとご挨拶
・頑張る!
やりたいことリスト
・海外に住む
・本を書く
・犬を飼う
・江ノ島を柴犬と散歩
・友達と遊ぶ
・世界遺産巡り
・我慢しない!自由になる!
仕事を辞め、引越し準備をしている今の状況は当時とそんなに変わらない。
でも違うのは、状況と心境は当時より良くなっていること。私は自由に生きている。
私がこの部屋で得たもの、手放して行くもの。
冷凍庫から出てきたどんぐりはMから貰った。
「ピクニック行こ」とある平日の晴れた昼下がり、Mの誘いは突然だ。
スタンレーの水筒にコーヒーを入れて、レジャーシートと折り畳みテーブル、フリスビーを持って近所の公園へ行った。
Mが作ってくれた断面映えするサンドイッチを食べて、二人で寝転んで空を眺めた。
帰り際レジャーシートを畳んでいる時、ころんと転がった。「どんぐり。」Mはそう言って私に寄越した。
初めてのピクニックの記念にとっておこう、そう思って冷凍庫に入れたのだった。
テーブルの上でキャンドルの炎が揺れている。
キャンドルから漂うアロマの香りに包まれて、私はこの部屋での最後の夜を過ごす。
このキャンドルは33歳になる年、自分へのバースデープレゼントとしてスリランカ旅行へ行ったときに買ったものだ。
秘境を得意とする旅行会社のおひとり様ツアーなるものに参加した。そこで出会ったのが、3人の女の子。スリランカへ1人旅に来ようとする価値観を持ち合わせた者達同士、気が合わないわけがなかった。
たったの3泊5日で仲良くなった私達は日本へ帰国した後も時々連絡を取り合っては食事に行った。
銀行員、キャバ嬢、OL。既婚、未婚、バツイチ。出身も年齢もバラバラなのに繋がる不思議。楽しかった。
離婚したとき、全部がペアになっている食器を捨てるのが悲しかった。だから今度は1人分だけにしようって思ってたのに、大学時代やシェアハウス時代の友達が泊まりに来たりして、食器が増えていった。鍋まで買った。
転職した会社の社長が誕生日になると可愛い花束をくれるから、花瓶を買った。
コロナ渦で自宅待機期間が増えたから、ダイエットしようと買ったヨガマット、ダンベル、ステッパー。
旅行に行く度に増えるガイドブックたち。
いつの間にか増えてしまった。
全部は持っていけないから、手放さないといけない。
私が持てるものは少ないから、新しいものを手に取る時は代わりに何か捨てていくのだ。
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