恋活編

第16話 とある日の記録

「8年間お疲れ様」

そういってカチンと鳴らしたのはかぼちゃの形のマグカップ。

勤めていた会社を退職することにした私は、最終出勤日を終え有給休暇中だ。


ここは三軒茶屋にあるかぼちゃスイーツのカフェだ。

今日この店に誘ってくれたのはMの方からだった。

「ありがとう。この店のこと、よく覚えてたね。前に私がここに行きたいって言って一緒に行ったのに、休みだったよね。」


もう3年以上前になるだろうか。

Mと少しでも長く一緒にいたくて、三軒茶屋にあるMが興味を持ちそうな少し変わったカフェなんかを調べまくっていた。ちょっとした用事で会った時、気になってるお店があるんだけど付き合ってよ、って何気なく言えるように。

その時、せっかく誘えたのに、googleMAPでは営業中だったのに、お店に着いたらお休みだった。しょぼんとしてる駅までの帰り道、Mが住宅街で猫を見つけて、「人懐こいなぁ」って言いながら撫でるのを見てちょっと元気になった。


Mがかぼちゃの形のガラス容器に入ったプリンを食べて「うまいなぁ。こっちも食べ」って言ってくる姿がなんだかギャップがあって面白い。

甘いものを一緒にシェアして食べてくれる男の人っていいなぁ。


「今日はこっちの道から帰ってみよ。」

そうMが言って住宅街へと続く細い路地へ入っていく。

Mの家までの道中、話題は私の次の仕事の話だ。

「どんな仕事しようかなぁ」

「なんかないん?」

「私探偵とかやってみたい」

「探偵たぶん無理やで」

「なんで」

「声。通るやろ。ひそひそ声できんやん。」

「えー、そこ?」

「エステとかマッサージとか、花屋とかええんちゃう。」

「お花屋さんかぁ。」


Mが自転車を押す左腕が時々、私の右腕に触れる距離感。

ふわっと金木犀が香る。


「あ、金木犀いいにおい。」

「いいにおいやな。」

「でもさ、私金木犀どんなんかわかんないんだよね。いつもにおいで気づくけど。」

「花屋なれんやん。」


曲がり角を曲がったら見慣れた道に出会った。

「ここに出るんやー。お、あれ金木犀やで。あの黄色いちいちゃい花。」

「あ、あれ?」

私は、Mの視線が示した一軒家の白い柵からはみ出た金木犀に向かって小走りでかけていく。

葉っぱに隠れてしまうくらいの小さくて控え目な黄色い花に顔を近づけた。

「…いいにおい!」


そんな何気ない1日の記録。










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