第13話 上海ハニー

彼は、大きな手帳にこだわりがあって、毎年決まったものを買っていた。

「ここに、みつきの予定が書けるんだよね」

何冊も積みあがった過去の手帳を開けば、貴重面な文字で彼の予定の下に私の休みの日がメモしてあった。


彼の残した荷物から、2人分の映画の半券やベトナムの高級リゾートホテルのカード、恋人と撮ったプリクラ、彼女から彼宛に連絡先が記されたポストカードを見つけた。

そして手帳。開くと、英語でその日の予定や出来事が書かれていた。

"彼女にもっと勉強しろと言われる。もっと頑張らないと"という文章があった。

そうか、彼は向上心を求めていたんだな。


彼が帰国したことで驚いたのは私だけではなく、彼の両親もだ。

私と彼、彼の両親とで集まり、彼から事情を詳しく聞く場が設けられた。

彼いわく、相手の女性は中国の田舎出身で上海に単身でやってきたらしい。

日本語と英語が話せるので外国人相手に中国語の家庭教師をやっていて、彼の先生になって関係が深まったと。

彼の現地での住まいは出向先の企業の社宅で、自宅に授業と称して彼女を招き入れていたところ、社内で問題視され厳重注意を受けたそうだ。それでも関係を断つことはせず、2人でベトナム旅行に行っていたことがバレて日本に帰国という流れになったらしい。

そして、彼は自主退職するかどうかという選択を迫られていた。


そんな話を聞いて怒りがまたふつふつと沸いた私は、彼に相手の女性に電話をかけろと言った。完全にファイティングモードの私だったが、相手のほうが上手だった。

電話はスピーカーにしていたが、私に電話を変わるなり彼女は涙声かつ片言の日本語でこう言った。

「まーさん悪くアリマセン。奥様大事と言ってましタ。仕事ヤメナイでください。」

なぜか涙目になっているまー君。

怒れる女より行く末案じる涙声片言日本語のほうが可愛らしくいじらしく聞こえるだろう。


そんなやりとりを聞いていた彼のお母さん、

「仕事やめないでって言ってるのは、仕事辞めたらあんたに価値がないからだよ。見え張って高い服ばっか着てるから目を付けられたんだよ。」

そうなんです、彼女にええかっこしいするためにリボ払いで旅費も出してあげてたんです。

さらにそのやりとりを聞いてい彼のお父さん、

「まあ、金も仕事も家庭も失いそうで一番つらいのはまーだから。」

何を言っているの、お義父さん?彼は自業自得じゃないでしょうか?巻き込まれた私を目の前にしてそれ言う?


後日調べてわかったこと。

国をまたがっての不倫では日本の法律ではどうにも出来ないということ。だから慰謝料も請求出来ないし、結果として一番いい思いをしたのは彼の彼女ということになる。頭が良くて、向上心のある彼女。私にはない魅力があったのだろう。

彼女がまー君を想う気持ちが本当であれば良いのだけれど。









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