第3話 子どもの存在
バツイチなことを話すと、だいたい聞かれることと言われること
「子どもはいるの?」
「いないんですよ~」
「じゃあまだ良かったよね。子供いると離婚するのも大変だからさ。」
「そうなんですよ~」
内心、本当に良かったのかなぁ。
逆に、子供がいたら離婚してなかったんじゃないかって思ったり思わなかったり。
私は、社会人になった年の12月、まー君の子どもを流産していた。
まー君とは付き合って5年になろうとしていた頃で、2人の関係はとても安定していて穏やかさを得た一方、セックスレスになっていた。
年に一回あるかないかのその行為で、妊娠した。
検査薬の反応を見て頭が真っ白になって、今後のことを考えようにも考えられない状況の私の横で、まー君は自分の両親に電話で「みつきが妊娠したから、俺結婚するわ!」と言っていた。
まー君は妊娠をすんなりと受け入れていたが、私には懸念点があった。
新卒で入社した当初、長年付き合ってる彼氏がいるという話をしたら配属先の上司にデキ婚だけはやめてね!と釘をさされていた。
なんでも2年連続で新卒入社がデキ婚でスピード退社するということが起きてたからだ。
そのため、妊娠したことを職場の人はもちろん、上司にはなかなか報告できずに、ただ迷惑をかけちゃいけないと仕事に集中しつつタイミングを見計らうことにした。
一方で、両親に妊娠を報告すると母が田舎から私のアパートへ飛んできてくれた。
私は母に病院に行った時のエコーの写真を見せた。
「病院行くタイミングが早かったみたいでさ~、まだ赤ちゃん映ってないんだよね。また来週来てって言われた。」
「まだ5週だばそんたもんだべ」
母はあんまりエコー写真に興味なさそうだった。
「でもしばらく休みがさ、病院の休みと重なっちゃってて行けないんだよね」
「休みずらしてもらえばいねが」
「セールがあるから無理だよ。妊娠は病気じゃないんだから、迷惑かけられないよ。」
「んだってが…。まぁ頑張りなさい。
そういえば、里帰り出産するべ?病院予約するが?」
「え、早くない?」
「早くしないと部屋が埋まってしまうよ~」
母は自分の仕事もあったため、2泊ほどして帰った。
常に気持ち悪くてフルーツしか食べられていなかった私に大量の作りおきのご飯を残して。
まー君は週末必ず来てくれていたし、別の日は妹が泊まりに来てくれたりして、皆大げさには言わないものの私の妊娠を喜んでくれているのがわかって、私もだんだんと覚悟が固まってきていた。
テナントが入っているショッピングセンターはすごく広い分寒くて寒くて、体が芯まで冷える、というのが体感できる環境だった。
おまけに東京で過ごす初めての冬は、産まれ育った東北の冬とはまた違う寒さだ。
乾燥したビル風が体に刺さって痛い。
家に帰る頃には体が氷のようになっていた。
その頃、冷えは赤ちゃんに良くないと思って、毎日帰るとすぐお風呂に入るのが習慣だった。ヒールで毎日7時間立ちっぱなしで体はむくんでいて、お腹は風船が入ってるみたいにパンパンな感覚だった。
時々少量の出血もあったけど、妊娠てこんなものだと思って毎日仕事をしていた。
その日、お子さんのいる先輩が販売応援に来てくれていたので、会社への報告のタイミングの相談もかねて妊娠していることを告げた。
「…で、なんか最近血がでるんですよね~」
と呑気に言う私に対して先輩は焦った声で、
「いや、それやばいから!タクシー使っていいからすぐに病院に行きなさい!」
病院に行って診察してもらうやいなや、お医者さんはこう言った。
「あ~こりゃだめだね。なんでもっと早く来てくれなかったの?これねー、手術しなきゃいけないんだけど、年末だしこの状態で年越ししたくないでしょ?
今日入院して、明日やっちゃおう!」
急展開で、どうやって病室行ったのか入院の準備どうしたのかとか、上司になんて報告したのかとか記憶があやふやだ。
覚えてるのは、お医者さんの軽い流産を告げる言葉と裏腹に看護士さんが優しかったこと。
前処置で痛くて寝れなくてナースコール押したら手を握ってくれた。
あとは、仕事を早退して駆けつけてくれたまー君にひどいことを言ってしまったこと。
まー君は私をちょっとでも元気づけるために、私の大好物のチョコケーキを差し入れてくれていた。
私はその気持ちをわかっていたはずなのに、どうしようもない感情を彼にぶつけてしまった。
「何で自分の赤ちゃんがいなくなったのにケーキなんて買ってきたの?そんな気分じゃないんだけど。だいたい、なんで私ばっかりこんなに痛くて肩身狭い思いしなきゃいけないの?」
まー君は何も言わずにただ悲しそうな目をして立っていた。
妊娠中出血があったら細菌が入らないようにお風呂に入っちゃダメなことを知らなかった。
お腹が張っていたら安静にしていなきゃいけないことを知らなかった。
初期の流産は受精卵自体に育ちにくい問題があって、母体とは関係ないんですよ、と看護士さんは言ってくれた。
それでも、私の仕事なんて替わりはいくらでもきく。
赤ちゃんとまー君の替わりはどこにもいないのに。
そんな思いがずっと頭を占めていた。
まー君は、子どもが好きだったと思う。
俺とみつきの子どもだったら…っていう想像の話をよくしていた。
でも流産して以降、そんな想像の話をするくせに実際に子どもを欲しがる素振りは見せなかった。
私も私で前向きでいないと、周囲が気を使ってしまうと思ったので、赤ちゃんのことは時々心の中で思い出すだけで二人の間ですら口にすることはなかった。
まー君が想像していたように、やんちゃな男の子を追いかける日常があったら、もしかして…なんて思ったことあるけど、私は今の生活も気に入ってるし、後悔なんてしないよ。
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