第2話 今後の展望的なアレ

「…アンタさ、毎日こんなの食べてんの。身体壊すよ」

 右サイドから憎まれ口が飛んできた。口調とは裏腹にべったりとくっついてきているところを見ると怒っているのか甘えたいのかいまいちよく分からなくなってくるが、とにかく憎まれ口が飛んできた。カップラーメンをフォークで食っている雛である。一本ずつ麵をより分けて啜る様子は愛嬌があって可愛らしくはあるのだが、如何せん距離が近い。食事よりも接触を目的としてこの場に座っているのではないかと考えてしまうくらいだ。

「今日はほら、時間がなかったし、非常食的な意味合いも込めて…」

「にしては材料が少ないけど?卵すら買ってきてないってどういうこと」

 しどろもどろの供述に対してノータイムのカウンター。まぁ確かに今俺が食べているコンビニ弁当と両サイドの少女が啜っているカップ麺は栄養的なものが軒並み死んでいるというのは事実だけれども。

「確かにそうかもしんないけどさ…ほら、お前らが来るとか想像もしてなかったし」

 これ食ったら今すぐ地元に帰ってくれないかな、とすら思っているが、流石にここでそんなことを口にはできない。下手に彼女らを傷つけるようなことを言ってしまえば雛は首を吊り、愛華は近隣住民を根絶やしにしかねない。メンタルがイカれている人間と生活するのはそれなりに大変なことなのだ。

「ずるるるるっ、あの、ずるるっ、兄ちゃ、ずるるるるっ、はふっ、私が、ずるるるっ」

「飯食うか喋るかどっちかにしろ」

「ずるるるっ」

「喋れ」

「…どっちかにしろって言ったのは兄ちゃんっすけど」

 ちょっと不満げな視線が左サイドから飛んできた。が、状況を早く呑み込むに越したことはないので無視して話を促す。「麺が伸びちゃうっす」などと文句を言っているがこれも無視だ。

「私がここにいることを予想できない方がおかしいんすよね、普通に」

「普通の定義を疑うところから始めたほうがいいか、俺は」

 一人暮らしをしようとしている先輩の家に地元を離れて、しかも無断で上がり込むというのはどういう了見なのだ。それが普通だと叫ばれるほど世界は腐敗しているのか、そうなのか?

 ほっそりとした華奢な脚を組み替えた愛華は、その指先で俺の足の甲をつついてくる。妙に扇情的な動作だが、意味があるのか、コレ。

「だってだって、考えても見てほしいっすよ。大学生なんすよね、兄ちゃん」

「俺は別にお前の兄ちゃんではないけどな。まぁ大学生だぞ」

「兄ちゃんは兄ちゃんっす。んで、大学生の一人暮らしといえば女の子連れ込み放題プランじゃないっすか」

「そんな倫理を逸脱したプランを契約した覚えは無いんだが」

 確かに一部の男子大学生は割とそうして好き放題やっているという印象はあるが、決して俺はそのような不埒な人間ではない。というか他の女の子とまともに話した記憶すらない。主に二人のせいで。

「そうなると、兄ちゃんに余計なこと吹き込んだり粘着してくるろくでもない奴がいるかもしれないじゃないっすか、そうなったら困るっすよね」

「自己紹介始まった?」

「とぼけないでくださいっす」

「とぼけてんのはどっちだ…んで、そうなったら困るってのとお前がここにいるの、どういう因果関係があるか教えろ」

 彼女の言動の異常性を指摘していたところで特に何も話は進展しなさそうなので先を促す。すると愛華は満足げに頷いた。かわいいが妙にムカつく、手放しで賞賛できないふてぶてしさが滲んでいる。

「つまるところ…私の出番ってことっす!」

 そのまま彼女は胸(そこそこ大きい)を張って結論を高らかに叫んだ。

 全く以て意味は分からないが。

「因果関係を説明しろって言ってんだろ。だれがぶっ飛んだ結論を自信満々に宣言しろと言った」

 呆れて嘆息する俺と同じタイミングで愛華はため息を吐いた。

 あたかも俺の方が察しの悪いやつみたいじゃないか。

「やれやれ、そこから説明しなきゃいけないんすか。いいっすか、私は兄ちゃんのボディーガード、親衛隊、シンパ、そういうエトセトラの集合体っす。結晶体っす」

「気持ち悪いなぁ」

「失礼っすね、兄ちゃんじゃなかったら八つ裂きにして大使館前にばらまいてたっす」

「猟奇的すぎるだろ。というか何処の国の大使館前だよ」

 下手したら意味不明な理由で国際関係が悪化しかねない。微塵も価値のない暴挙に、流石の俺も戦慄してしまう。

「全ての国と地域を設定したルーレットを持ち歩いてますので、これで殺した後決めます」

 思ったよりも行き当たりばったりだった。

「怖えよ。で、結局なんでなんだよ」

「兄ちゃんに近づく邪で狂った人間を八つ裂きにして兄ちゃんの家の冷蔵庫に収納するためっす」

「二度と冷蔵庫開けられなくなるが」

 何故か猟奇的な態度に拍車がかかっている。けろっとしたおすまし顔で言っているが、余裕で理解できる範疇を逸脱していた。俺の周囲への殺意は、俺が高校生だったときよりもヒートアップしているようだ。

「まぁ、そういうわけなんで。本当は雛ちまで八つ裂きにしたいんすけど、そこはこう、ライバルのよしみでぐっとこらえて、ここに住みながら八つ裂き生活を、と考えてるっす」

 愛華は反対側の雛を鋭く見やる。

 その態度にむすっとした表情の雛も応えた。

「アタシは…その、アンタの近くにアタシ以外の女がいるの本当に嫌で、アタシなんかいらないのかなって考えちゃって吐きそうになる。でも愛華はその…アタシと同じくらいアンタの事本気で大事にしてるって思ってるから、アンタがアタシだけでいいって言ってくれるその日まで我慢するつもり。ここに住みながら、ずっとその日を待つつもり」

 締め付けるような圧力が両腕に加わる。だが諦めの悪い俺は醜く最後まで抵抗を試みる。

「い、いや…でもほら、学校とか親御さんとか、上手く説得できないでしょ」

「「いいって言われた(っす)」」

 結果としてその抵抗は無駄に終わったわけだが。


 俺の大学生活は、二人の爆弾を抱えながら、明らかに異質な状態でスタートを切ることとなった。南無三。

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