第六章  勇者の本業回帰?

第27話  勇者は姫を助けるもの

「残念ながら『剣の王』ラフシャーン殿は勇者一派に討たれてしまったが、残された四人の『王』は城に参集すること。『棍の王』アルド殿の領地は今回の戦いで重要な地となるため、一般大衆も含めて全て退避させること。最後に、ロクサーナ皇女殿下におかせられましては、選帝会議のような無駄な公務を行わずに済むよう、速やかに城へお戻りあそばされますことをお願い申し上げる……」


 ガシェールムの演説は続いていたが、ログスの耳には届いていないようだった。


「……ど……し……ま……」


 ログスは両手で兜を掻き毟って震えている。


「落ち着け。落ち着けって!」


 ログスの腰を両手で揺する。


「……え……」

「今の話、おかしいだろ。血の繋がっていない皇后は、処刑する必要がないじゃないか」

「……で……も……」

「皇后が生きていても、選帝会議は開けるはずじゃないか。不自然だ」

「じゃ……じゃあ、助けにいかなくては!」


 扉に向かって振り向くログス。腰にしがみつくように掴まっていた俺は、軽々と半回転させられた。


「待てってば! これは罠だ。皇后を処刑するという宣言は、娘であり皇帝の最後の血筋であるロクサーナをおびき出すための罠。選帝会議は、ガシェールムの独裁に反対しそうなログスとアルドをおびき出すための罠。そう考えるとしっくり来る」

「母を見殺しにしろと言うんですか!」

「そうじゃない! 焦ると助けられるものも助けられないって言っている!」

「……お母様……うぅっ……」


 ログスはガシャリと崩れ落ち、面頬を両手で覆って嗚咽を漏らし始めた。今や恩人であるログス……いや、ロクサーナはひと月前に父を殺され、そして今、母をも殺されようとしている。


 俺は……どうだ。

 俺は、元の世界に帰れなくなったとは言え、母親も父親も生きている。

 仮に俺がいなくなったとしても、弟が世話をしてくれるだろう。あいつは俺と違って優秀だ。

 ――俺は、何だ?

 ――勇者だ。

 勇者ってのは、姫を助けるもんだ。

 俺は、ロクサーナの側にいなくちゃいけない。

 彼女がまた無事に城で暮らすのを見届けなくちゃいけない!


「ログス……やっぱり一人で行くのはだめだ」

「カイ?」

「俺も行く。二人でお母さんを助けるんだ」

「でも……」

「もう決めた。確かに俺はもう両親には会えないだろうし、エルナールでも暮らしていけないだろう。だからこそ、どこかの皇女に同じ思いをさせてはいけないと思ったんだ」

「カイ……!」


 抱きつこうとするログスをすんでの所で回避する。


「おっと、ログス鎧の力で絞めるのは結構ダメージ来るから勘弁だ。早速情報を整理しよう」


 応接セットを部屋の隅に寄せ、ログスの向かいに胡座をかいて座る。


「まずは期限だ。三日後までに皇后陛下を助ける必要がある」

「そうですね」


 三日……ここからだとギリギリで間に合う。運がいいと言うべきか。


「場所は前庭と言っていた。この前脱出した時は、ガファス人には見つかっていないから、経路を逆に辿っても問題ないと思うけど、前庭からは距離があるな……」

「それでは、別な隠し通路を使いましょう。前庭に直接進入できる隠し通路がありますから」

「いいね。あとはガシェールムの気を引くことと、皇后陛下から警護を引き離すこと」

「わたくしが鎧を脱いで現れるのはどうでしょう。戦闘訓練は受けていますから、そう危険ではないと思いますし、衝撃は大きいと思います」

「うーん、ありだとは思う。で、どの程度戦えるの?」

「一昨日までのカイには負けません。あと、メフルとの手合わせでは、十本中一本は取れます」

「相当強いな」


 中身もある程度強いとは思ったが、これは想定外だ。チートアイテムを全て取り戻したとは言え、こちらは少数、向こうは大軍で待ち構えているだろう。見た目のインパクトと個人の技量で敵を怯ませるのはありだと思う。


「ただ、相手は『貨の王』ガシェールム……経済を扱わせればこれほど有能な男はいませんが、卑劣な側面もある男です」


 父殺しの仇……是が非にでも倒さなくてはならない相手に、ログスの口調が微かに荒くなる。


「よし。すぐ出発しよう。仮に……色々と前倒しされても対処できるように」

「ええ。よろしくお願いします」


 さて、次は俺たちがいなくなった後のことだ。


「あと、ガシェールムが気になることを言っていた。『アルドの領地にいる者は全て退避』とか」

「そんなことを……ごめんなさい、全然聞こえていませんでした。でもそれならサマンに任せていいと思います」

「サマン……頼りになる男だな」

「ええ。何せ、アルドの腹心ですもの」


 ログスの口調が僅かにほぐれた。アルドに対する信頼が伝わってくるようだ。

 そうと決まればすぐ出発だ。大抵のものは【顕術けんじゅつ】で創り出せるから、荷造りは必要ない。準備は互いの武器くらいだから、部屋に戻って身につけたらすぐ出発できる。


「じゃあ、行こうか」


 ドアノブに手を掛けて、二メートル半の扉を引く。廊下に踏み出し掛けて、人影にぶつかりそうになった。

 まずい! と一瞬思ったが、その人物を確認して警戒を解く。


「話は大体聞かせてもらった。誰も通らなかったが、次からは話の中身と声の大きさに気をつけろ」


 既に剣帯を巻いて立っていたメフルは、俺の鼻先を掠めてずかずかと部屋に入り込み、ログスをエスコートする。


「ホールで待っていろ。それと、私も行くぞ。ログス様を貴様なんぞと二人きりにさせるわけにはいかんからな」

「むしろ心強いよ。ありがとう」

「……ふん」


 ログスがメフルと共に退室する。

 よし、行くか。

 俺も剣帯を巻き、長柄ブロードソードを吊る。

 誰にともなく頷くと、約一日の快適な滞在を提供してくれた部屋を後にした。

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