第二章 勇者が脱獄?
第6話 顕術師の力
廊下は左に向かって伸びていた。
改めて見渡すと、背後は俺が出てきた牢獄。右方向に部屋はなく、よく言えば角部屋。悪く言えばどん詰まり。左方向にはずっと先まで格子戸が並んでいる。俺の所だけ厳重な鉄扉だったのは、『勇者』という生き物が相当気味悪がられていた証拠だろう。正面も格子戸が並んでいるが、間隔が狭い。奥行きもさほど深くなく、囚人もしくは死体が一人ずつ入っている。こいつは独房ってやつだ。フォリックと離されて独房入りだったら、孤独でキツかっただろう。小さい身震いが肩を走る。
「こっちよ」
ルグノーラが左、つまり廊下の先に向けて歩き始める。
「右の壁、向こうに空間がありそうで気味が悪いからさっさと行きましょ」
それだけ言うと、ルグノーラは俺を待たずにさっさと進んでいく。
「ルグノーラ、なんで助けに?」
後ろから声を掛けると、彼女は歩速を緩め、俺の隣に並んだ。周囲に若干の警戒を払いつつ、口を開く。
「陛下が、カイ様の生死を確かめてこいって」
「王様が? ……それでもし生きていたら連れ帰れ、と。ありがたい」
「……まあ、そんなところ」
ルグノーラは一瞬だけ、こちらにアメジスト色の視線を向けてくるが、すぐに正面に向き直った。藍色のポニーテールがひゅっと揺れる。
廊下は突き当たり、T字路になっていた。右は十メートルほどで突き当たり、左側は闇が口を開いている。
所々光源はあるのだが、非常灯に照らされた夜の病院みたいで逆に気味が悪い。
「左に行くとホールがあってね、そこから上の階へと行く階段や昇降機が……」
ルグノーラが言葉を切った。目に警戒の色が現れる。原因は俺にもわかった。右の壁から「プツッ」という小さな音が響いたからだ。
「やっぱり……」
ルグノーラが呟くのと同時に、右の突き当たりの壁が重い音を立ててせり上がった。
奥には揃いの剣と盾を持った人骨が立っている。こいつはただのスケルトンじゃない。上位種のスケルトン・ウォリアーと呼ばれるアンデッドモンスターだ。数は二十以上いる。
「やる?」
ルグノーラが突剣の柄に掌を掛けて、スケルトン・ウォリアーから目を離さずにこちらに意思を問うてくる。
だが、俺は今チートアイテムを失った状態であり、パーティで旅をしていた頃のような神憑った剣技を扱えるわけではない。スケルトン・ウォリアーとは言え一体を相手にできるかどうかだ。ここは……
「ルグノーラ、左の道へ!」
「え?」
ルグノーラは訝しみつつも左の通路へ駆け込む。俺も左へ曲がり、T字路の方に振り向いた。剣も抜かずに骸骨の集団に対峙する俺。絵的には自殺行為だけど……
「カイ様?」
ルグノーラが問いかけるのとほぼ同時に、俺は掌に意識を集中し、T字路に向けた。そして空間を撫で始める。
「カイ様、それって……」
壁に遮られるマイム。小さな子どもが初めてやるパントマイムの真似事はほぼこれだろう。
知らない人が見たら「気でも触れたか」と思うかも知れないが、【
掌にピタッと、石の感覚が生まれる。かと思うと、目の前にはT字路を遮るように重厚な石壁がそそり立った。
「さあ、行こう」
行き止まりになったT字路に背を向け、俺たちは早足でホールへと向かった。
ホールは三十メートル四方の広さと同じくらいの高さがあった。
それぞれの壁には廊下が口を開けている。左に二本、正面に二本。俺たちが出てきた面も、今出てきたものを含めて二本の廊下が伸びていた。右の壁だけ一本だが、幅は十メートルくらいあり、他の廊下の倍は広い。
「ちょっと待って」
急にルグノーラが鋭く囁いた。音を立てないように全身を緊張させ、耳をそばだててる。彼女は腕利きの盗賊であり、聴力も常人より相当鋭い。俺が聞こえていない物音を感じ取っているのだ。
「……来るわ」
「来る、って?」
「さっきのアレ」
アレ、と言えばスケルトン・ウォリアーの集団か。後ろは廊下を塞いできたから、来るとしたら……
「左と、正面……多分全部の廊下から来るわ」
「ええええっ⁉」
左と正面だけ見ても、廊下の入口は四本。同じ数ずつ出てくるとして、二十掛ける四で八十体は現れる計算だ。今の俺にはとても処理しきれない。ルグノーラならもしかしたら何とかできるのかも知れないけど、脱出経路を知っているはずの彼女を危険に晒すわけにはいかない。
とりあえず、すぐ左の壁にあった廊下の入口を【顕術】の石壁で塞ぐ。次に同じ面の右側にあった入口も同じく閉鎖だ。だが、そこまでしたところで、ホールの中央で三面を警戒していたルグノーラが叫んだ。
「カイ様、スケルトン・ウォリアーが出てきたわ! 大体六十体!」
「間に合わなかったか!」
咄嗟に周囲を見回す。塞ぎきれなかった三つの廊下から、濁流のような勢いでスケルトン・ウォリアーが飛び出してきた。
ルグノーラが俺の近くに戻ってくる。
「数が数だけに、面倒ね。ところでカイ様、さっきから剣気が頼りないんだけど、剣技は?」
「勇者の力をほぼ失ってるんだ。持ち方と足捌きくらいだと思ってくれて構わない。技は多分、初歩的な奴ならできる」
「じゃあ、戦えるのがあたしだけだとすると、一対六十か。これはちょっと面倒ね」
ぼやきつつも、ルグノーラは俺の半歩前に立ち、庇うような仕草を見せている。実際、ルグノーラは六十体のスケルトン・ウォリアーを相手にしても後れを取ることはないだろう。ただし、俺を庇う動作がなければ、だ。
「……あたしの突剣、スケルトンと相性が悪いのよ。ま、いざとなったら剣の腹で殴るけど」
凄絶な笑みを浮かべるルグノーラ。だが、彼女の本業は盗賊だ。
本来なら俺が彼女を守らなくちゃいけないし、今までそうしてきた。チートアイテムを落としたからって、尻込みしていては勇者の名が廃る。
俺は長柄ブロードソードを抜き放つと、ルグノーラと肩を並べた。
「無理しないで。勇者の力を失ってるんでしょう?」
「まあ、ね」
とは言え、自信を持って「任せて」とは言えない。俺に相手ができるのは、精々一体かそこらだろう。だけど、せめて彼女の背中を守らないと。
俺はルグノーラの死角を補完すべく、背中合わせに立った。最低限の背後の守りをして、捌ききれない分はプライドを捨てて彼女に回す……と、彼女に背を向けたおかげで、光明が見えた。
右の広い廊下だけはスケルトン・ウォリアーが出てきていない!
一箇所だけ包囲に穴があるとか、「そちらに行け」と誘導されている気もするけど、まずはこのピンチを脱出することが大切か。
「あそこの広い廊下に行こう!」
ルグノーラに声を掛ける。ダメ元でマンホールの蓋を開けるマイムをして、即席の落とし穴を創りつつ、一つだけ大きな口を開けて誘っているような廊下へと飛び込んだ。
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