第7話  チートなしでバトル

 俺達が駆け込んだ廊下は、大型のモンスターも搬入できそうな広さと高さを持っていた。両側の壁には顔一つ分くらいの幅があるスリットがいくつも空いている。


「矢狭間よ」


 ルグノーラが走りながら声を掛けてくる。この位置に矢狭間があるってことは、ホールから駆け込んできた者に矢を射掛けるってことか……してやられたか?


「大丈夫。向こう側に気配はないわ」


 ルグノーラの索敵能力に安心するのも束の間、目の前には丈夫そうな両開きの鉄扉が口を開けていた。これもまた、大型の生物を通すことのできるサイズだ。

 部屋に飛び込み、頑丈そうな扉を閉める。これでスケルトン・ウォーリアの大軍は防ぐことができるはずだ。

 室内は先程のホールと比べて半分ほどの面積だ。正面には同じような鉄扉が、閉じた状態で鎮座している。左にはタワーパーキングの入口のような左右開きの引き戸。天井は高く、左右の頭上にはキャットウォークが渡してあり、高所からこの部屋の様子を一望することができるようになっている。

 背後でカチャリと鍵が掛かる音が鳴る。ほほう、オートロックとは随分としっかりしたセキュリティで……


「ねえ、カイ様。これって……閉じ込められたんじゃないかしら」

「はは……まさか」


 口先では余裕をかましつつ慌てて取っ手に取りつく。

 が、即座にルグノーラから鋭い声が飛んできた。


「だめよ! 今開けたらスケルトン・ウォーリアが雪崩れ込んでくるわ!」

「そ……そうだね」


 彼女の言う通りだ。せっかく罠を覚悟してまで部屋に飛び込んだのに、わざわざ余計な危機を増やす必要はない。

 念のため、反対側の扉に手を掛ける。

 案の定、扉はピクリとも動かない。

 ルグノーラはと言えば、閉じ込められたというのに落ち着き払って部屋の中央で周囲を見回している。


「ルグノーラ。この扉、君のスキルで開いたりするよね? 鍵穴とかもあるし」

「え? ああ……」


 部屋の構造自体を調査するように壁面を見回していたルグノーラは、そこでやっと俺の方に視線を向けた。


「あっちの……奥の扉を開ければいいのね?」

「そうだよルグノーラ。このまま閉じ込められ続けたら、この部屋に俺と君のスケルトンが二体出来上がっちゃうよ」

「スケルトン? カイ様と、あたし……」


 彼女はそう呟くと、卵形の顎に人差し指を当てて思案を始める。徐々に口元がふにゃりと緩んできた。


「カイ様とあたしが二人でスケルトン……それもいいわね。にゅふふ……」

「よくないよっ! 早く扉を開けて、脱出しよう!」

「そうね。でも……」


 同意しかけたルグノーラの顔にはもはや甘ったるい妄想の欠片はなく、神秘的なアメジストの視線は、左手にあった車庫のような扉に注がれていた。


「もうちょっと後になりそうね。カイ様もそろそろ聞こえてきたでしょう?」


 確かに、大きな扉の向こうから微かに機械の音が漏れ出ている。これが、さっきルグノーラが言っていた昇降機か。音はどんどん大きくなっていき、最後に重々しい音を響かせて止まった。


「来るわよ」


 ルグノーラの声に反応するかのように、引き戸がガラガラと両袖に引き込まれていく。

 徐々に扉の奥へと光が差し込んでいく。

 金属板だけの篭に乗って姿を現したのは、体長四メートルはあろうかという大型のトカゲ。ただしその鱗は赤銅色で、弱い光の中でも陽炎が立ち上っているのがわかる。体表から発する高温は、まだ十メートルは離れているってのに熱を感じるほどだ。時折、鱗と鱗の隙間から紫がかった炎が吹き出している。それはまさに肉体を持った炎精サラマンダーとも言える姿。


「ファイアリザードか」


 俺の呟きに答えるように、そのトカゲ、すなわちファイアリザードの口が開き、その奥で橙色の光がちらつく。


「っ!」


 咄嗟に両手で水平に空を掴み、力任せに引き下ろす。

 即座に石の天井から床に向かって二本のガイドレールが創り出され、俺とルグノーラの前に灰色のシャッターが下りてきた。

 床で跳ね返らないように、タイミングを合わせて水切りを踏みつける。

 直後、シャッターカーテンが暴風に煽られたかのような激しい金属音を立てた。ガイドレールの端からはちらちらと炎の先端が見え隠れしている。


「ファイアブレスね。避ければどうってことないけど、カイ様は大丈夫?」

「ああ。どうやら反応速度は無事のようだよ」


 とは言ったものの、シャッター越しに炙られるようなこの熱量……とんでもないな。

 今はチートアイテムを失って、生命力も一般人と変わりない状態だから、これで喰らったらひとたまりもない。


「ここで死ぬわけにはいかないな」

「同感。生きててこそよね、色々と」


 ブレスが終わってなお輻射熱を発するシャッターの裏側で、ルグノーラと頷き合う。シャッターの両端から飛び出して攻める算段は一瞬で行われた。これも長くパーティを組んでたお陰だ。


 即座にシャッターの端から飛び出す。

 相手は昇降機から這い出してきたところだ。左右から挟まれて、どちらをターゲットにするか考えているようだ。次の瞬間、ルグノーラの方へと頭を向け、瞬きするような速さで飛びつく。

 ルグノーラは流水のようにするりと身を翻し、凶悪な牙は一瞬前まで居た場所の空気を噛みしめる。

 チャンスだ。


「喰らえ! ペネトレイティブ・スラッシュ!」


 チートアイテム【神技を与える者】が導いてくれた太刀筋を思い出し、角度を付けて刀身を振るう。

 柄へと魔力が流れ出す懐かしい感触と共に、硬質な鱗に覆われたファイア・リザードの尾は臀部から切断されて床に落ちた。


「お、チートなしでできたぞ! 身体が覚えて……」

「カイ様!」


 はしゃごうとしたのと同時にルグノーラから警告が発せられる。

 俺は本能的に身をひねらせてファイア・リザードから距離を取った。

 一瞬前に立っていたところへ切り口から吹き出した血がぶちまけられる。それは床に落ちるや否や、炎を吹き上げた。


「……忘れてた。ありがとう、ルグノーラ」


 そうそう。ファイア・リザードの血は空気に触れると発火するんだった。ひと月のブランクで、こんなにも勘が鈍るとは。


「もう。しっかりしてよ……ねっ!」


 尻尾に気を取られたファイア・リザードの顔面に、今度はルグノーラの突剣が叩き込まれる。切っ先は狙い過たずにその右目を貫いた。


「XSYYYYYYRRR!」


 片目の視界を奪われたファイア・リザードが、狂ったように頭を振り立て、のたうち回る。口からは所構わずブレスが吹き出し、壁と言わず天井と言わず焦げ跡をこしらえていく。


「うわ、ヤバ!」

「うおおおっ!」


 暴れる高温の物体から二人同時に距離を取り、さっき創ったシャッターの後ろに撤退した。ほぼ同時にルグノーラが飛び込んでくる。

 少し遅れてブレスがシャッターカーテンを叩く。


「カイ様に手柄を渡そうと思って手を抜いちゃった」

「うう、面目ない」


 悪気のないルグノーラの言葉に、足手まといなことが余計に申し訳なく感じる。でも、凹んでいても事態は打開しない。シャッターの向こうでガタガタ燃えている奴を、何とかして黙らせないと。


「どうするの? このままだとじきにこの鉄の壁を回り込んでくるわよ。ったく、燃えてないジャイアントリザードなら蜂の巣にしてやるのに……」

「それだ!」


 急に叫んだせいで、ルグノーラが思わず振り向く。


「あの火、何とかできるの?」

「多分」


 訝る彼女に、俺は親指を立てて見せる。


「ちょっとだけ時間が要る。あと一回、出られるかい?」

「余裕!」


 言うや否や、シャッターを飛び出すルグノーラ。連射されるブレスを体操選手のように身を踊らせてかわし、牙をくぐり抜け、爪を飛び越えていく。

 改めて、彼女の体術の洗練度に感動させられた。

 でも、美しい身のこなしにいつまでも浸っている暇はない。

 俺は後ろの壁に駆け寄ると、壁に向けて両手を差し出す。

 即座に【顕術けんじゅつ】が発動し、壁に高さ八十センチメートルほどの縦長の窪みが現れた。何かをぶら下げるような形で両手を差し込むと、ずしりと感触が返ってくる。よし、うまくいった。


「ルグノーラ、準備完了だ!」

「早かったわね」


 ルグノーラがシャッターの陰に駆け込むのと当時に、俺は同じ端から飛び出した。黄色いピンを力任せに引き抜き、接続されたホースを握って、その先をファイア・リザードの口に向ける。


「火には……これだろ!」


 灰色の取っ手をしっかりと握り込むと、ホースから薄ピンク色の粉末が吹き出し、ファイアリザードの口腔から顔面周辺に掛けてを塗りつぶしていく。


「SSSYYYHHHR!」


 ファイア・リザードが苦しげに首を振り立てる。効いてる!


「急に弱りだしたわ! その赤い小さな樽みたいなものは何?」

「元の世界にあった、火を消す道具だよ」

「カイ様のいた世界って、凄い道具があるのね」

「なんせ、魔法のない世界だから……」


 名前を、消化器という。今までは、こちらの文化を破壊してしまうんじゃないかと、あまり使わないようにしてきた文明の利器。

 だけど、命が掛かっているこの瞬間、気遣いをしている余裕はない。


「ほらほらほらほらぁっ!」


 既に腹を地に着け、ぐったりしているファイア・リザードを薄桃色の消化剤が執拗に染めていく。

 消化剤の噴射が終わった。


「はあ、はあ……」


 念のため、ファイア・リザードの首を斬り落とす。とりあえず、室内の危機を取り除くことができた。

 俺たちは部屋の隅まで移動して壁に寄りかかり、舞い上がった消化剤が落ち着くのを待つ。

 しばらくして。


「あ、あのっ!」


 ルグノーラと肩が密着していることに気づき、慌てて部屋の隅を離れる。


「何? カイ様」


 彼女はなぜかちょっと残念そうな表情を滲ませながら、俺の目を覗き込んできた。


「き……危険もなくなったようだし、そろそろ奥の扉の鍵を開けてもらっていいかな」

「ええ、任せて。あたし、この扉から侵入してきたんだけど……自動施錠だったのかしら」


 ルグノーラはウインクすると、奥の扉に近づき、鍵穴や取っ手を調べ始めた。

 すぐにカチャリと小さな音が響く。

 傍目には、ほぼ一撫でで鍵を外したかのようなスピードだ。


「ふう」


 ルグノーラが軽く息を吐きながら振り向いた。


「こんな簡単な鍵なら、さっさと外して逃げ込んだ方が楽だったわ」


 俺はそれに答えるように肩を竦めると、光差す地上へと通じる扉を慎重に開いた。

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