第3話 剣の王
その日、俺たち六人は敵の本拠地ガファスの市門を破り、魔皇帝タフリルドースの待ち受ける謁見室を目指していた。
一年以上の旅を経て、俺たちはエルナール国内筆頭と言えるトップレベルの高ランクパーティとして勇名を馳せていた。
プレートメイルを着てなお機敏な重装戦士、バラクス。
学もある騎士出身のイケメン、フォリック。
高速で敵を切り崩すアタッカー、ヌーティ。
緻密な計算と繊細な作業をこなす盗賊、ルグノーラ。
パーティの知恵袋にして攻撃も回復もこなす魔術師、フェリオロ。
そしてチートの力で無から有を生み出す『顕術師』の俺。
名実共に魔皇帝討伐に相応しいパーティに育った。
意気揚々と城内に突入した俺たちだったが、あと少しで謁見室という場所で酷く長いこと足止めを食っていた。
たった一人の敵――『剣の王』ラフシャーンによって。
ガファスには、四人の『王』を称する魔皇帝の側近がいる。彼らは『剣の王』『杯の王』『貨の王』『棍の王』と呼ばれ、帝国内の兵権及び内政権を掌握していた。それぞれが将としても政治家としても卓越しているだけでなく、個々が戦士として一騎当千の実力を持ち、魔皇帝の最後の、そして最強の守護者として君臨していた。
もちろん、そんなことは俺たちだって織り込み済みだ。一騎打ちで戦う覚悟は決めてきたし、仲間たちもそれで勝つことを意識して鍛え上げてきた猛者たちだ。
それがどうだ。
最強とされている『剣の王』が相手とはいえ、六人掛かりでも全く押し込めないとは!
みんなの息が上がっている。全力の打ち込み、全力の魔法、全力の攪乱……全員が死力を尽くして戦っているんだから、当然だ。
だが、今まで呼吸の隙さえ見せずに正確無比な斬撃を仕掛けてきたラフシャーンの方も、ようやく息遣いが感じられ始めた。青いプレートメイルの肩が上下している。奴とてロボットやゴーレムの類じゃない。
俺たちの後ろでは、スピード自慢の戦士ヌーティが袈裟懸けの傷を刻まれて既に戦線を離脱しており、しゃくり上げるような呼吸をしている。
序盤に俺と二人同時攻撃を仕掛けたときに反撃された傷だ。
位置関係は全くの偶然。相手の左側にいた俺は籠手で殴られただけで済み、ヌーティはバッサリだ。
幸運に助けられた者としては、残り五人でできるだけ早く戦いを終わらせて彼を介抱しなければならない。
あと一手。
あと一手あれば、この危険きわまりない戦士に一矢報いることができるんだが……
「では、そろそろ一人いただこうか。無論、首謀者からだ!」
ラフシャーンがバスタードソードの切っ先をすっと下げる。その殺気が突き刺さる先はもちろん、俺だ。
こいつ……戦闘経験に関しては俺が一番少ないことを見抜いてやがる!
青塗りのプレートメイルとクロースヘルムに身を包んだ絶対的な『死』が、質量を持った烈風を伴って俺に迫ってくる。
今まで俺に勝利をもたらしてくれたチートアイテム【神技を与える者】が、相手の速度や技量を瞬時に把握し、俺に情報を伝えてくる。
『回避不能』という情報を。
ちっ。余計な情報のせいで、死ぬのを怖がる思考が発生したじゃないか!
重圧に耐えかねて、瞼を閉じかける。
しかし、死の瞬間はやってこなかった。
俺の視界に、幅の広い何かが割り込んでいる。
金属が擦れ、肉が擦れ、そしてまた金属が擦れる音。
閉じきらなかった俺の目は、その正体をすぐに理解した。
重厚なプレートメイルに身を包んだ、筋肉でできた城のような身体。今まで幾度となく俺の身を守ってくれた重戦士バラクスの身体が、目の前にあった。
バラクスは、ラフシャーンの長剣を腹部で受け止めていた。
背部装甲から朱に染まった切っ先が生えている。バラクスの重要器官を複数貫いているのは明らかだった。
籠手の鎖帷子から血が噴き出すのも構わず、バラクスは両手でラフシャーンが突き出した刀身を握りしめた。
「バラクス……」
「カイ、やれ!」
バラクスは苦痛を噛み殺し、短く叫んだ。
俺は一瞬のさらに百分の一ほど、逡巡した。今すぐバラクスを助ければ、彼は助かるかも知れない。しかし、一度城から撤退せねばならなくなるだろう。では、ラフシャーンを先に仕留めるのは? いや、ここまでの戦いからすると、バラクスを巻き込まないような生半可な攻撃では、奴を倒せないことはほぼ確実だ。バラクスに一撃も当てずにラフシャーンを葬れる自信は、正直なかった。
仮にも奴は『剣の王』の称号を持つ男。魔皇帝を守護する最強の剣だ。
力の出し惜しみなどできようはずがない。
だが……バラクスが身を挺して作ってくれた隙、無駄にするわけにはいかない!
迷うのはやめた。
チートアイテムに意識を集中し、スキル発動のための言葉を脳裏に浮かべる。
左手に刻まれた五つの円い痣の内、【神技を与える者】という文字が浮かんだものが、一際赤く染まる。スキル発動の準備は整った合図だ。
キーワードを声に乗せるより早く、最初の一歩を踏み込んだ。
人間離れした加速からの跳躍、斬り下ろし、駆け抜けざまに地を裂くような斬り上げ、視野の外で腕が勝手に動いて横薙ぎ……目が二つしかない生命体には半数も追えない、全方位からほぼ同時に繰り出される九連攻撃。反応の撹乱を期待して雷属性も付与してある。
「ライトニング・ソニック・ノナグラムっ!」
半回転から、九発目にあたる横薙ぎがラフシャーンの青い鎧を斬り裂き、それとほぼ同時に発動し終わったスキルの名称が俺の口から吐き出される。
剣を振り抜いた姿勢のまま、減速のために二メートルほど床の上をスリップするが、先程擦りつけられた死の恐怖に駆られてすぐさま振り返り、剣を両手で握って正眼に構える。
ラフシャーンは動かない……技は全部決まったはずだ。
バラクスにも変化はない……巻き込まずにやれたはずだ。
それなのに、消えないこの緊張。
首筋と背中を、嫌な汗がじっとりと流れる。
三十秒くらいの時間――いや、三十分かも知れないし、三秒だったのかも知れない――が、流れた。
九つの亀裂が穿たれたラフシャーンの鎧の隙間から、血が流れ始めた。
兜の中から「ぐふっ」という苦しげな声が漏れる。
「お……惜しい」
息も絶え絶えながらも、威厳を感じさせる声が青い兜の中から漏れ出る。
「それだけの……技量と心意気を持ちながら……なぜタフリルドース陛下の志が理解できなかったのか……勇者カイ……実に惜しい……」
そう言い残すと、ラフシャーンは剣から手を離すことなく仰向けに倒れた。
プレートメイルが床に打ちつけられる重々しい音を聞いてようやく、俺は原因不明の緊張感が霧散していくのを感じた。
ようやく終わった。
あまりにも犠牲の多い勝利だった。
全員で『王』を倒して魔皇帝に迫るとか考えていたが、慢心だったのか?
ラフシャーンが剣を握ったまま後方に倒れたお陰で、バラクスはようやく深々と突き刺さった剣から解放された。
『剣の王』が事切れたのを確かめると、俺たちはバラクスとヌーティの方を振り返った。
ヌーティの方にいち早く駆け寄った魔術師のフェリオロが、動きを止めてしまったヌーティの呼吸や脈を確認する。そして何かを試すように魔力を流した。
フェリオロは首を振った。
一縷の望みを掛けてバラクスに飛び付く。
彼もまた、虫の息だった。
「バラクス!」
揺さぶったら起きるのではないか……そんな衝動を懸命に抑えてバラクスを呼ぶ。
声に反応したのか、彼は力を振り絞って瞼を開いた。だが、その瞳は俺に焦点を結んではいなかった。
「そこにいるな、カイ。俺は助からん……自分でわかる。行け……そして魔皇帝を倒せ……そういう約束のはずだ……」
「でも!」
「行きましょう、カイ様」
俺が否定の言葉を言いかけたのを、ルグノーラが遮った。
「あたしたちは、魔皇帝打倒の目的を果たすために、仲間の死すら手段とする……そう誓い合ったわ。『剣の王』が立ち塞がったら犠牲はやむを得ないと、あたしも、みんなも考えていた」
「……わかってる」
俺は奥歯を噛み締めて頷いた。
「すまない、バラクス」
既に何も見聞きできていないはずのバラクスは、頬を歪めるように無理矢理笑みを作ると、ゆっくりと全身の力を抜いていった。
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