第一章  勇者のカンヅメ?

第1話  走馬灯20PV

 それから十五ヶ月後――





 って、おい! 


 俺の活躍を華麗にスルーした回想モード?

 これでも毎日、勇者としてめまぐるしく活動をしてきたんだぞ?


 最初は混乱したっけ。

 本やアニメでしか見たことのない、多様な異種族が普通に生活していたこと。

 華奢で身軽な妖精、エルフ。

 背が低くずんぐりした筋肉質の妖精、ドワーフ。

 ちゃんと本物のケモミミが生えている獣人などなど。

 人々は様々な肌の色、それこそ白黒黄色だけではなく青や緑までいたのに、全員が流暢な日本語を話していた。そのくせ文字は見たことのないものばかりだった。左腕の痣にあった【異言語理解】という印が翻訳してくれていたらしい。





 それにしても、まさか自分が異世界転移の当事者になるなんて思いもしなかった。

 異世界に飛ばされて勇者としてもてはやされ、転移者特有のスーパーパワーで敵をバッタバッタと倒す。行く先々で美女や美少女と懇ろになり、最終的には『魔王』とか呼ばれる奴を倒す。その後は王になったり金持ちになったりして何不自由なく平和に暮らす――

 多くの人が一度は妄想するだろう。


 でも、今の俺にはノーサンキューだ。

 新体制の演劇部として新しい作品に取りかかろうとしていた矢先、セリフを満足に覚える間もなく、強制的な異世界生活を始めることになった。

 どうすんだよ、これ。

 せっかくのメインキャスト抜擢をどうしてくれるんだ⁉ いや、個人的な感情を置いておくにしても、あと二週間早かったら、もしくは二ヶ月遅かったら、舞台に穴を開けてしまうところだった……それどころじゃない。過ごす期間によっては留年なんてこともある。

 いろいろひっくるめて、俺は大急ぎで魔皇帝タフリルドースを倒す必要があった。





 最初のひと月は、俺を召喚した魔術師――『師匠』と呼んでいた――の元で勇者としての修行をさせられた。

 師匠は色々なことを教えてくれた。この国のこと、倒すべき魔皇帝タフリルドースが支配するガファス帝国のこと、文字のこと、魔法のこと、暮らしのこと、旅のこと、戦闘のこと……多分、ひと月で修行を終わらせるように命じられていたのだろう。師匠の課す訓練は厳しく、膨大だった。師匠は魔術師のはずなのに神憑った剣捌きで、手も足も出なかったのはよい思い出だ。


 円形の痣についても教わった。これは勇者としての能力の発現なのだそうだ。

 エルナールは過去に幾度となく異世界から召喚された勇者によって危機から救われてきた歴史がある。

 基本的に召喚された異世界人は、異言語を理解し会話する能力と、元の世界で得意としていたものを昇華した特殊能力を使えるようになる。専門誌を通して召喚するのは、専門性の高さが期待できるからだということだ。


 さらに召喚に関わっている神によって、勇者の能力を向上させるマジックアイテムが授けられる。それを背中から霊的に接続することで、常人を遥かに凌駕する力を得ることができるのだ。さらには誰かに奪われないように『聖鍵』というアイテムでロックを掛ける。

 身も蓋もない言い方をすればチートだな。

 で、チートアイテムを装備すると、腕の丸い痣にアイコンが表示されるという仕組みだ。

 アイコンの操作は、念を込めて痣をタッチすると機能のオン・オフができるだけ。

 俺としては、視界の端にユーザー・インターフェイスが表示されて、照準器が出たり敵の強さが見えたりアイテムがパッと出る、っていうのを期待していたんだけど、なんでも過去の勇者に脳筋な奴がいて、複雑な操作ができず敵に瞬殺され、国が滅亡の危機に瀕したことがあったらしい。それで今のような単純明快なシステムになったんだそうだ。





 暖かな日差しが降り注ぐ中、俺は修行を終えて城を後にし、勇者としての活動を開始した。

 最初はソロで旅をしていた。周りの人たちのことがいまいち信頼できなかったんだろうな。

 でも、隊商の護衛や、魔皇帝の配下による襲撃の撃退、一般の軍には手に負えないモンスターの討伐なんかをこなしていく内に、多くの人と知り合い、その中の幾人かと意気投合し、さらにその中の五人と信頼関係を築いて、パーティを組んだ。


 魔皇帝の治めるガファス帝国との曖昧な国境付近は荒れ果てており、幾度も戦が行われたことが見て取れた。

 無数の戦死者がゾンビやスケルトンなどのアンデッドと化しており、煩わしさよりも悲しさを覚えたものだ。

 みんなで、早く魔皇帝を倒さねばならないと気を引き締めたっけ。


 ガファスの帝都に忍び込み、ようやく魔皇帝の首を取れる、と城に奇襲を掛けることができた時には、エルナールの城を出てからかれこれ十三ヶ月が経っていた。

 近衛部隊を蹴散らし、巨大な板金鎧が並ぶ廊下を駆け抜け、ついに謁見室に踏み込んだとき、魔皇帝タフリルドースの周囲には、『王』と呼ばれる中ボスが三人いるだけの状態だった。

 チャンスだ。

 俺たちは、走り続けて暴れる心臓の訴えを無視して、魔皇帝の――





 ちょっと待て!


 なんだ、この走馬燈⁉ しかもクライマックスまで行ってるじゃないか!

 走馬燈って、再生終わったら大抵死ぬよね⁉

 俺……死……?

 え……死んだ……の?

 いや、そんなはずは!

 死ぬはずがない死んでないはずだ死んでないと思う死んだのかも死にたくない……


 あ……そうだ。夢だろ?

 そうそう、夢だよ~。

 何回か見たことあるよ。二十PVくらい行ってる。

 早く醒めろ。

 走馬燈の再生を止めるんだ。

 あんな結末は見たくない。





 俺は……最後の最後に、油断したのだから。

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