10、次元潜航艦アブデュルハミト

 航路変更したキリシマの輸送船団を無人偵察機が捉えていた。

 その情報は密かに罠を張っていた船団を待ち構えていた特務艦アブデュルハミトに送られる。情報を受け取ったアブデュルハミトは作戦の変更を余儀なくされる事となっていた。


「気づかれたのでしょうか?」

「いや、違うな。まだ、この次元潜航艦の存在は知られていない。恐らくトラップを発見して警戒したからだろうよ」

 副長の言葉に艦長のエメリヒ・トップ大佐はそう答えた。

「あの哨戒機め。全く、余計なことをしてくれる」

「どうやら、あの船団には“い目”を持つパイロットがいるようだ。さて、ここでのんびり待ち構えていても仕方がない。狩りに向かうとしよう。次元潜航装置を解除。“浮上”する」

 エメリヒ・トップ大佐は、命令を下すと指揮席に座り込む。

 この新しい兵器は何かと気を使う事が多い。事あるごとに神経をすり減らす。

「アイサー」

 副長が速やかに命令を実行していった。

 副長のメイソンは、トップ大佐が“ヘリウム戦争(※1)”に指揮を執っていた巡洋艦時代からの付き合いだ。気心もしれ、彼が一番信頼する部下だ。


 何もない空間の中から細長の航宙艦が姿を現した。

 特殊な船体形状はどの航宙戦闘艦にも近いものがない。その姿を見てもこの艦の所属がどこなのか誰も思いつかないだろう。

 それだけこの特務艦アブデュルハミトは特殊であった。

 その一番の特徴は性能である。

 アブデュルハミトは亜空間に移動する事が可能な唯一無二の航宙戦闘艦なのだ。次元潜航艦とも称されている新型艦でもあった。

 

 スラスターを噴射しながら船体を傾けながらアブデュルハミトが大きく旋回していく。

「核パルスエンジンに火をいれろ! 通常航行に移る。ただし、通常航行は船団を補足までとする」

「アイサー」

 機関室では慌ただしくエンジンの切り替え作業に移っていた。核融合エンジンが作り出した荷電粒子となり推進力となっていく。

ダイダロスⅡ核パルスエンジンはデリケートだ。優しく扱ってやれよ」

 機関長が部下たちに発破を掛けた。

「やれやれ、ようやく通常航行か。このところ次元潜航装置が不安定だったから助かるぜ」

 作業の手順を終えた作業員が一言漏らす。

「どうせ敵艦を補足したら、すぐまた“潜航”だよ」

「亜空間は嫌いだ」

「お前たち! 無駄口を叩いてないで仕事しろ!」

「アイアイサー!」

 作業乗組員たちが慌てて答える。

 機関長のファン・バウティスタ少佐は苛立ちっていた。テスト航海からずっとこのふねの次元潜航装置の面倒をみているが、安心した事は一度もない。ちょっとした異常も対応はマニュアルと経験による勘が頼りだ。それほどこの未知の機関の扱いは難しいものだった。

「機関長!」

 部下の呼ぶ声に、また問題発生かと、バウティスタは内心、うんざりする。


 艦の進路変更を済ませた艦橋では久しぶりの慣れた通常航行に雰囲気が和らいでいた。

 レーダー担当も通常のレーダー表示にいくらか気が楽になっている。それは戦術士官も艦長であるエメリヒ・トップ大佐も同じだった。

「機関室からです」

 トップは、飲みかけのコーヒーカップを置くと内線の受話器を手に取った。

「艦長だ」

「機関室です。艦長」

「何かあったか?」

「実はこのところ、次元潜航装置が不安定です。通常航行が長く続くようでしたら今のうちにメンテナンスをしたいのですが」

「少し待て」

 大佐は受話器を離すとタッチペンを持ちながら航路の画面を睨みつけている航海長の方を向いた。

「航海長、コース変更した船団に追いつくにはどれくらいになる?」

「ああ……今の速度だと、おおよそですが、一時間半から二時間ってところだと思います」

 トップは頷くと再び受話器を耳に当てる。

「一時間でなんとかなるか? ファン」

「物足りませんが、やってみます」

「遭遇したら即時戦闘もありえる。できるだけ早めに頼む」

「アイサー」

 通話を終えるとトップは受話器を置いた。

「ぎりぎりですな」

 副長が声をかけた。

「ああ、次元潜航艦は、まだま未熟な兵器だ。仕方がない。せめて亜空間でも同じ速度が出せればいいんだが」

「速力が同等なら待ち伏せ作戦も取らないで済んだ。初任務で乗組員たちも緊張している。何故、司令部は中途半端なこの艦に船団攻撃任務を任せたのでしょうかね」

「月の“ヘリウム戦争”以降、自由同盟派(※2)は、冥王星や海王星の開拓を積極的に進めてきた。そのまま太陽系外の開発を見据えてもいる一大事業だ。大量輸送が可能なワームホールワープ装置のアビスゲートなんてものが完成すれば連邦派(※3)が宇宙開発競争で一気に巻き返すだろう。だから排除したんだろうさ。それには痕跡を残さない次元潜航艦は最適な任務だ」

「一歩間違えたら再び連邦統制軍(※4)と全面戦争ですな」

「ああ、そうだな。それと、これは機密なんだが、アビスゲートと同等の装置を自由同盟派も計画している。本艦はその計画の産物でもある」

「そんな話を私に話してもよいのですか?」

「君はもう関係者だ。構わんだろう。いや、もしかしたら酔って口が滑ったのかもな」

「酔ったって言いますけど、それコーヒーですよ?」

 副長の言葉にトップはわざとらしく肩を竦めてみせた。


 機関室では、停止した次元潜航装置のメンテナンスが行われていた。

 部品などの物理的な状態も検査していたが、同時に装置の基幹システムのプログラムの再チェックも始められていた。

 根本的な原因がそこにある可能性もあったからだ。そこでシステムオペレーターのヘクター・モラレス二等兵曹はおかしなことに気がつく。

「機関長、データ解析中におかしなノイズを見つけました。どうやらこれが装置に不安定な要因をもたらしていたのかもしれません」

「おかしな?」

 バウティスタ少佐はモラレス兵曹の担当するモニターを覗き込んだ。

「このノイズには規則的なパターンがあるんですけど、それがどうも変で……」

 モラレスは言葉を濁した。

「はっきり言え」

「ああ、はい。その……誤解を恐れずに言うなら、言語パターンに似ている気がします」

「どこかの通信を拾った可能性は?」

「それも考えられますが、亜空間潜航装置に干渉する通信なんて考えられません」

「この装置は、まだ未知の部分が多い。何があるかわからんさ」

「それはそうなのですが……」

「ノイズを取り除けるか?」

「はい。少々時間はかかりますが可能です」

「次回次元潜航まで時間がない。できるだけ早めに済ませてくれ」

「アイサー」

「おい、ヘクター、もしお前がノイズを除去した事でシステムが正常になったら、俺がお前の名前を歴史に残してやれるかもしれないぞ」

「はあ? 自分の名前でをありますか?」

「このノイズは、以降“ヘクターノイズ”と呼称する。さて、これで宇宙航海士訓練学校の教科書か、亜空間潜航装置の対応マニュアルにお前の名前が載るかもしれないわけだ」

 そう言ってバウティスタ少佐はヘクターの肩を叩く。

 画面に満更ではなさそうなヘクターの顔が映り込んでいた。



※1〈ヘリウム戦争〉月面に堆積するヘリウム3(核融合発電の燃料になる元素)をめぐって連邦派と自由同盟派に分かれて争った。人類初の宇宙戦争となった。連邦派優勢のまま休戦協定が結ばれた。


※2〈自由同盟派〉月のヘリウム3の所有権は、発見者にあるとし、ヘリウム3の所有権利の容認を求める多くの企業の後押しで形成された国家群勢力。

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