9、キリシマの航空隊

 航宙戦艦キリシマ

 強襲艦機能を備えた連邦統制軍のデアフリンガー級航宙戦闘艦である。

 核パルスエンジンで宇宙空間を航行するこの艦は航宙艦としては第3世代型で、惑星や衛星の軌道上からの敵制圧を主な目的として建造された。艦の大きさから戦艦と呼ばれてはいるものの、その攻撃力は巡洋艦とほぼ同等である。

 その代わり、余裕のある艦内に相当の戦力を搭載できた。

 搭載戦力は任務によって変更はあるが、キリシマには一個大隊規模の戦闘オートワーカーと二十台あまりの降下車両兵器と移動車両、百機近いドローン兵器。そして攻撃、格闘戦闘に対応する二個飛行小隊が搭載されている。

 駆逐艦数隻で構成された輸送艦隊を指揮する旗艦でもあるが、火星への兵員輸送も任務のひとつだ。

 常駐の飛行小隊以外の搭載戦力は全て火星の基地へ引き渡される予定であった。


 作戦会議室では艦長のキーラ・アストレイ中佐以下、士官が集まり、哨戒任務に遭遇したダミー式機雷について話し合いが続けられている。

「敵の正体はともかく、航路上の妨害工作である事は明確だ。現在の航路は迂回すべきです」

 副長のガイ・ウエルチ少佐はそう主張した。

「しかし、スケジュールは大幅に遅れる事になります」

 航海長が意見する。

「それはしかたがない。本艦だけならともかく輸送船を危険には晒せられない。超大型の核融合炉を積んでいるんだからな」

「トラップ自体、船団をコース変更させる罠では?」

 戦術士官であるバクスター大尉が言った。

「変更したコースのパターンは複数ある。その全てには待ち伏せはできない。トラップは発見されない前提の筈だ。それにトラップを排除しながら進むのも時間ロスになるし攻撃の隙を与えることになる」

 意見は大体、出揃った。話し合いの進展はないだろう。ウエルチ少佐は艦長のアストレイ中佐の方をちらりと見る。決断して欲しいとのサインでもある。

「艦長」

「火星が遠ざかっている以上、コース変更は大幅な時間ロスになるがリスクは冒せない。船団のコースは変更する」

 キーラ・アストレイ中佐はそう言って航路図を映し出す画面を見た。

「問題はどの進路を取るかだが……」


 食堂にはスクランブル待機任務以外のパイロットたちが食事に集まっていた。他のクルーたちの食事から外れている時間帯の為、少し長く会話と食事を楽しんでいた。

「マックから聞いたぜ。すごい操縦だったってな」

「あ……? ええ、まあ」

 ニック・ウォーカー大尉に言われたフェルミナが答えに戸惑う。

「謙遜するな。なあ、今度、俺にもコツを教えてくれよ」

 ウォーカー大尉は航空隊をまとめるクエーツ少佐につぐ年長で人望もあるパイロットだ。他のパイロットたちと下品な馬鹿話もするが、人見知りをするフェルミナを何かと気遣ってくれる細かさもあった。フェルミナに兄妹はいなかったが、もし兄というものがいたなら、こんな感じなのかなと時々思う。

「コツといっても……」

「ああ、俺の方が先に教えてもらう。お前は後にしろ」

 他のパイロットが口を出す。

 食事のテーブルはいつになく盛り上がった時、ひとりのパイロットがひとつの提案をした。

「なあ、今度、フライトシュミレーションの戦術モードで勝負しないか? 何かを賭けてさ」

「いいね」

「第二飛行隊の連中にも声かけようぜ」

「対抗戦になっちまう。関係なしの勝ち抜き戦の方が面白い」

「フェルミナ。撃墜してやるから覚悟しな」

「いや、私は……」

 有無言わさずシュミレーションでのドッグファイト大会開催が決まってしまう。

 何しろ火星までの航海は長い。哨戒任務で飛ぶ以外、航空隊の活躍はほとんどなく、やることと言えば、トレーニングかスクランブル待機の任務くらいだ。スクランブル待機も何事もなければ、待機ルームで6時間過ごして交代である。要するに生活が単調過ぎるのだ。

 宇宙生活の適正審査が厳しかった宇宙開発史初期ならともかく、居住区間が充実してきているこの時代では退屈過ぎる時間を耐えれる人間は多くない。たまにこういったイベントが発生すると盛り上がる事もあるのだ。

 空いた時間を有効に使う乗組員同士が主催するクラブ活動のような趣味講座もあるが、盛り上がるのはこういった突発的イベントだった。

 ちなみにフェルミナは朗読会の講座に入っている。

「楽しそうだな」

 通りがかったクエーツ少佐が話に加わった。

「ああ、少佐。実はシュミレーションでトーナメント戦をやろうって話をしてたんですよ。どうです? 少佐も」

「面白いな。それならちょうど“ムーンフラッグ”があるぞ。そっちに参加してみないか?」

「ムーンフラッグ?」

「フィルミナは知らないのか? 月で開催される、お前が参加していた訓練プログラムとは別の合同訓練なんだが、実機での訓練と一緒にVR演習がある。その訓練プログラムにはネットワークを介して他の基地からも参加できるんだ。通信状態が良ければ航宙艦からでもVR演習に参加可能なんだよ」

 クエーツ少佐は得意げに説明をする。

「つまり、これに勝ち残れば、VRといえども実質全航宙艦隊最強のパイロットともいえる」

「そんな大げさなのは、ちょっと……」

「決まりだな。よし!」

 辞退しようとしたフェルミナの言葉をウォーカーが遮る。

「え? いや、私……ていうか、なんで?」

「少佐、小隊全員、ムーンフラッグのVR演習に参加させていただきます!」

 ウォーカー大尉は立ち上がると敬礼しながら楽しげにそう言った。

「OK。手配しといてやる」

「恐れ入ります!」

「私、了承してないのに……」

 フェルミナがそう呟くが誰も聞いていない。

「お前ら、忘れていると思うから言っておくが」

 クエーツ少佐が咳払いをして言い出した。

「この艦にあるシュミレーターは二台しかない。ムーンフラッグのVR演習は同時参加となるから当然、参加枠も当然二人だ」

 小隊パイロットたちが顔を見合わせる。

「なら、やっぱり先に俺たちでトーナメント戦だな」

「おう!」

「ほら、行くぞ! フェルミナ」

「私、ご飯をまだ……ちょ、ちょ」

 食べかけの食事を残し、フェルミナは無理やりシュミレーターに連れていかれた。


 一時間後……

 結局、無理やり参加させられた小隊内のトーナメントにフェルミナが勝ち残ってしまう。

 そしてもうひとりはニック・ウォーカー大尉だ。

 こうして“ムーンフラッグ”のVR演習にキリシマ航空隊の二人のエースが参加する事となったのである。

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