5、衛星ターミナルステーション

 月周回軌道上に浮かぶ衛星ターミナルステーションに数隻の貨物船が並び、出港の順番を待っていた。

 その中でも一際大きいの貨物輸送船が先頭に陣取り、エンジンを暖めたままになっている。

 貨物輸送船ゴライアス202号。

 核パルスエンジンを備えた全長350mの航宙貨物輸送船である。

 乗客だけは星間航行の相応の利益を上げる事ができない為、同時に大量の物資を積む事が宇宙輸送業の定石となっている。無論、旅客のみを乗せるシャトルシップもあるが、そういった類は裕福層向けの客船タイプに限られていた。

 一般の乗客はこういった貨物兼用タイプの船を利用するのが一般的である。

 それは取材を目的をした記者たちも同じだった。


 フリーライターのボブ・カーターは船内のカフェで記事を書きながらもう2時間も出発を待っていた。

「通信状態が悪い。このPCも買い替え時かな」

 カーターは、一緒のテーブルに座る親しいワールド・ライズ・ニュースのモトキ・ユウヤに聞こえるように呟いた。

「やっぱり日本製の方がよかったな。信頼できる」

「日本製だとしても部品のほとんどは別の国で作ってるよ」

 モトキが記事をタイピングしながら言う。

「だとしても日本製は信頼できる」

「そいつはどうも」

 カーターに素っ気ないモトキの言葉が返ってきた。


 大手ニュースメディアのワールド・ライズ・ニュースの記者のモトキとフリーライターのカーターは、度々取材現場で一緒になった仲だ。特に10年前の月面での“ヘリウム戦争(※1)”で危険地帯を取材をしたのをきっかけに親しくなった。性格の違う二人だった何故か相性はよかった。今では親友ともいえる仲だ。


「でも不安定な通信状態は君のPCの問題ではなさそうだよ。見てみろ」

 モトキは客室乗務用のオートワーカー(※2)を指差した。見るとオートワーカーは動きが止まったまま、満たされたカップにコーヒーを注ぎ続けている。カップから溢れたコーヒーはキッチンテーブルから流れ落ち、床に広がっていた。

「もったいない。コーヒーを切らしたら火星までの向こう一ヶ月間は地獄の日々になる」

「通信状態だけでなく電子機器全てに影響が出ているのかもね」

 その言葉にカーターは眉をしかめる。

「おいおい、この船の生命自装置は大丈夫なのか?」

「とりあえず呼吸はできるな」

 モトキは呑気に答える。

「俺が言いたいのは火星まで保つのかって事さ。“火星の遺跡”の取材をこなさないとギャラも振り込んでもらえないんだ。噂の“火星の巨人”も見てみたいしな」

「遺跡で発見された初の生物の死体か? それ信じてるのか?」

「高度な文明の痕跡があったんだ。今まで見つからなかった方が不自然だ。そうだろ?」

 カーターの言葉にモトキは肩をすくめてみせる。

「気になるな」

 カーターはそう言うと椅子から立ち上がった。

「どうする気だい?」

「オートワーカーじゃないの乗務員をつかまえて聞いてみる」

 そう言うとカーターは乗務員を探しに向かった。

 通路を歩いていると違和感は感じない。どうやら人工重力は作動しているようだ。システムの全てがトラブルというわけでもないらしい。カーターは少し安心した。

 しばらく進むと青い制服姿の乗務員を見つけることができた。人間のだ。

「君、いいかな」

 呼び止められた客室乗務員が振り向く。

「通信状態が悪くなってるんだ。何かあったのかい?」

「申し訳ございません。電磁フレアらしき現象が起きまして、いろいろと不具合が発生しているようです。速やかに対処はしております。しばらく自室でお待ちください。解決に見通しがつき次第アナウンスさせていただきます」

「電磁フレア? 深刻なのか?」

「いえ、影響を受けているのはごく一部のシステムで殆どは正常に動いています。ただ、ターミナルステーションの管制の方も混乱しているようでして、出発が遅れているのもその為です。もうしばらくお待ちください」

「いつかは出発するってわけだ」

「もちろんです」

「で、一番聞きたい事なんだけど、生命自装置は大丈夫?」

「はい、生命維持装置は正常に作動しております。ご安心下さい」

 信頼できそうな雰囲気の乗務員だったのでカーターは引き下がることにした。

「ならいい」


 カフェに戻る途中、展望フロアを通っていく事を思い立つ。記者の性分かターミナルステーションの様子も見ておきたいと思ったからだ。

 通路で何体かのオートワーカーとすれ違う。様子のおかしい様子もなく正常に動いているようだ。どうやら乗務員の言葉どおり、影響を受けているのは本当にごく一部らしい。


 展望フロアに着くと先客がいた。

 長い黒髪を後ろに束ねた若い女性だった。分厚いクリアシールド越しにターミナルステーション内を見つめている。物悲しげな様子が少し気になった。

 カーターは彼女から少し離れた場所に立つと、ターミナルステーションの様子を見た。

 小ぶりな輸送貨物船が数隻並び、無重力の中をオートワーカーたちが積み込みや荷受け作業をしているのが見えた。

 どうやらときにアクシデントが起きている様子はない。

 その様子を見てカーターは少し安心した。


 何かに使えるかもしれないから画像を撮っておこうかとカメラを取り出す。

 何枚か撮影した後、展望フロアの室内を多少フレームに入り込ませたいと思い少し下がってカメラを構えた。画面に先程の女性客がわずかに写り込んだ。筆写体が入る事で船の大きさやターミナルステーションの広さが出るなと思っていた時だった。カメラに気がついて彼女がカーターの方を向いた。

 その容姿にカーターは少し戸惑う。

 アジア系の美しい顔立ちに稀有な紫の瞳。カメラを向けるカーターに小首を傾げながら見つめている。

「ああ、すみません。別にあなたを撮るわけではなかったんです。カメラ、少しずらしますから」

 カーターの言葉に彼女はにこりと微笑むと窓から離れていった。

 悪いことをしたなとカーターは思った。

 適当な枚数を撮影した後、改めて彼女に詫びを言おうとしたが、その姿は既になかった。

 話しかけるきっかけだったのにな、と少し残念に思ったカーターだったが、すぐに思い直す。

 何しろ火星まで一ヶ月間あるのだ。

 会う機会はいくらでもある。


 カーターがそんな事を考えていると、船内アナウンスが流れてきた。

「乗客の皆様、大変長らくお待たせしました。出発の支障となっていた問題が解消いたしました。ゴライアス202号は30分後に火星に向けて出航致します」




※1)ヘリウム戦争 月面に堆積するヘリウム3(核融合発電の燃料になる元素)をめぐって地球の幾つかの勢力が二分して争った。人類初の宇宙戦争となった。


※2)オートワーカー この世界観でのロボットの一般呼称。様々な労働、サービスに従事している。元々は商品名だった。耐久性を強化した軍事用オートワーカーも存在する。

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