3、火星の地
太陽が火星の地表を照らし始めた。
火星の本格的開発が始まって半世紀。その後、テラフォーミングが開始され10年程が経っていても気温は地球には及ばない。
しかしドームで覆われた古代遺跡の発掘現場ロメオ145は人間が快適に生活できる気温に保たれている。
直径5kmのドームの中には60メートル以上も逆椀状に掘られていた。遺物が見つかっていない場所には人工重力装置を備えた居住区や研究用施設、倉庫が建てられていた。
その周辺を掘削用用の重機や作業用のオートワーカー【※1】たちが休みなく動いている。
それを見下ろすように武装した機動歩兵たちや機動歩行兵器が厳重に警備をしていた。
居住区の窓越しからそれを見ながらこんなことが必要なのか、とヘルマン・ペイジは疑問に思う。ある時期から武装警備の強化がされたが正式な理由は知らされていない。心当たりがあるとすれば新しい発見がされた事だ。
ヘルマン・ペイジ博士が火星に来たのは25年前。
目的は、発見された火星古代文明の痕跡の調査だった。
過酷な環境での生活は困難を極めたが、人類以外の知的生命体の研究はそれを乗り越えるだけの魅力があった。
発端は住居地区を建設中の現場だった。
最初に発掘したのは周期表にない元素を持つ金属だった。
それを皮切りに同じ場所から様々なものが発見されていく。
金属の解析を進めていくと製造技術からして明らかに地球人類よりも高い文明を持った知性体であることが推測された。
国際宇宙機関の研究機関が調査を始めたが、本格的に調査が進んだのは巨大な複合企業が介入してからだ。
大量の資金と人員が遺跡調査に投入された。
結果、様々な新しい理論、技術が発見される。
そこから得たテクノロジーが今では宇宙船やステーションに欠かせない人工重力装置や新しい合金、高密度のセラミック、様々な合成物質の開発の基礎となっている。これらの技術によって人類の科学技術は飛躍的に進歩したのだった。
多くの技術開発がされたが、その殆どの技術特許を持つのが巨大複合企業カサーン・ベイ社である。
カサーン・ベイ社は、博士の研究のスポンサーでもあった。
そして今、同社が建造を続ける火星の静止軌道上に浮かぶ巨大な人工物“アビスゲート”。
人類が太陽系外の宇宙へ進出する大きな足がかりとなる予定だった。
気がつくとメールが受信されていた。
相手は“アビスゲートの建造、特にワームホール装置に携わるザビーネ・ジャンルからだった。
ザビーネとは7年前から交流があり、相性が良かったのか専門分野は違うものの仕事関係以上の友情で結ばれていると感じていた。
メールやチャットでのやり取りは日課となっているが意外なことに一度も顔を合わした事はない。どういうわけかカメラを使った映像も音声でさえもザビーネは送ってこなかったのだ。
だがペイジ博士は気にしなかった。文字のやり取りの方が好きだったし、ザビーネとの会話は楽しいものだったからだ。
やり取りは専門的な問題についてや、火星での生活や笑えるジョークなど他愛のない話にまで及ぶ。
最近の話題は、武装した兵士の数が増えている事や軍関係の物資や艦船の行き来が頻繁になっていることについての臆測だった。
確かにワームホールを人工的に発生させる事を危険視する者たちもいた。
だが、彼らにこの大規模なプロジェクトを妨害できるほどの力があるとも思えない。仮にあったとしても艦隊規模の航宙戦闘艦を配備は大げさ過ぎる。
彼らは一体なんの驚異に備えているのだろうか?
ペイジには思い当たる事がひとつあった。
“アビスゲート”周辺の警戒が厳しくなったのは遺跡で“あるもの”が発見された頃とほぼ同じ時期だ。
それを原因と捉えるか偶然と捉えるかで研究のモチベーションも多少なりとも変わってくる。
偶然ならば気にすることはない。
だが、これが原因ならば軍は、火星の知的生命体とその文明を長年研究してきたペイジも知らない事実を知っている可能性がある。そしてそれを警戒しているのだ。
そんな事を考えながら、ペイジは窓から建物の下に横たわる巨大な遺物を見下ろした。
すべてはこれが発見されてから変わり始めた。
乾いた土に横たわるのは20mを越える巨人の亡骸だ。
それは、人類が初めて目にした地球外生命体の姿であった。
※1<オートワーカー> この世界観でのロボット。製造会社の商品名であったが普及していくに従いロボットを指す一般的名称となった。基本的構造や性能は同じだがプログラムの変更で専門用途が変わる。耐久性や通信機能を強化した警察、軍隊向けのオートワーカーもある。
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