2、深淵の入り口

 地球から約5600万キロメートル離れた宇宙空間。

 火星の軌道上にセラミックと金属の巨大な塊はが浮かんでいた。

 表面に大量の設備ユニットとそれを取り付ける作業用ポッドの影が映り込んでいる。

 その傍を月から大量の物資を運んできた輸送船が通り過ぎていく。

 輸送船は200mを越える宇宙航行船であったが、建設され続けるこの人工物はそれをさらに越える大きさであった。

 それは火星の軌道上で建造中の宇宙空間における人類最大の建造物だ。

 そして、その質量はすでに小惑星レベルにまで達していた。


 3年と4ヶ月をかけて建造されたその宇宙ステーションは宇宙開発を変える特別なものだった。

 光さえも到達するの数千年かかる惑星間の距離を瞬時に移動できる装置。

 それがこの宇宙ステーション・アビスゲートだ。

 完成すれば人類が大宇宙に大きく飛躍することになるだろう。観測しかできなかった惑星でさえ直に目にすることができる。

 その技術は人類が発明したものではない。

 火星で発掘されてた太古のテクノロジーを分析、研究して開発された技術だった。

 巨額な資金と労力を投入された人類最大の建造物には地球圏と火星圏の民間企業148社と地球連邦に参加する36カ国が出資している。

 その理由はそれなりの見返りがあるからである。

 アビスゲートが完成すれば、豊富な資源や、新たなエネルギー、様々な可能性を手に入れる可能性があるのだった。


 

 ザビーネが、アビスゲートの建造に関わってから随分の時間が流れていた。

 膨大なエネルギーを必要とするワームホールの発生装置の為のハイパー核融合炉は地球圏から火星に輸送される事になっている。

 これが到着すればアビスゲートはワームホール装置を本格的に稼働できるだろう。

 ザビーネは、これまで延々と仕事に時間を費やしていた。

 一歩も部屋から出る事はなく、常に発生する問題の解決、プログラムの修正、新しいシステムの開発と導入に心血を注いだ。

 それだけザビーネにとって、このシステムのテクノロジーは魅力的なシステムなのだ。人生のすべてを掛けるほどに。


 ワームホール装置での星間移動方法の小型モデルで成功はしている。

 しかし大量の物資を星間移動さえるためには大型化が必要で、それを実現させるには常に問題が起き続けていた。

 だが、起きる続ける問題もザビーネ自身も不思議なほど唐突なインスピレーションで乗り越えてきた。

 ザビーネはそれを“神の声”と呼んでいる。それが聞こえた時には、すべての解決策が導き出されている。

 時を重ねるごとに“神の声”は明確に解決策を提示してくれた。

 アビスゲートが完成に近づくほどに“神の声”は顕著になっていた。


 私は神と共に偉大な実験をしようとしている。


 ザビーネはそう感じるようになっていた。

 “神の声”が訪れるごとに。 

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