【本橋 荊/『嵐』・4】

「てか、委員長は秋元が怖いみたいだけど? うちは別にっていうか? 正直、可哀想だから言うこときいてやってるだけっていうか? ほら、理事長の孫で仕方なくここにいるみたいだからさ、同情っていうかさ」

 チャッスはすっかり優位に立った気分らしい。委員長をビビリ扱いできるのがさぞかし気持ちええようで。

「言い訳せんでも、ついてくるならついて来たらええ」

「言い訳じゃないって!」

「ちなみに、ここの生徒の中では珍しく、秋元さんは好きでこの学校に来ているそうよ」

「……ふぅん?」

「きっと、囚人を虐げに来た看守さんの気持ちなんだろうねぇ。『間違った人間』に、制裁を与えたいというか? 確かに、めったにできる経験じゃないもんねぇ」

 天使が無邪気に、秋元メルの代弁をする。

 なんでも楽しもうと思えば、楽しめるのかもしれない。

 いきさつなど知らんが、秋元は何かの罰を受け、この学校に来たわけではないという情報は悪くない。

 大方、底辺の人間を見下すのが好きなんだろう。

 表向きは、羊飼いのような役割を担っているつもりなのかもしれないが。

 余裕こいて、底辺の掃きだめを見下し、おもちゃにするためにやってきたのなら。

「足下をすくわれ、掃きだめに引きずり込まれたときの顔は、なかなか見物とちゃうか?」

「こっちが下手に出てるとも気づかねぇし、いつも偉そうだし……いつかむちゃくちゃにしてやろうと思ってたし? お前もだろ?」

 チャッスは、黙り込んでいた畑百合の肩に気安く手を回す。

 畑は、小さく頷いたのか、強く肩を組まれた反動で揺れただけなのか、わからないようなリアクションしか見せなかった。

「決まりやな。行くぞ」

 私が言うと、桃田、チャッス、畑百合は私に従うように後ろに続いた。急造チームではあるが、馬鹿とハサミは使いようやな。

「馬鹿げている」

 委員長は嘆きながらも、私たちを止めようとする素振りは見せなかった。

「……止めんのか?」

「止めたらやめるの?」

「……」

「何?」

「悪事を考えた時点で逮捕したってええんと違うかな」

 むちゃくちゃ言うとるのはわかる。しかも、私にとってどう考えても不利な考え。

「考えを取り締まる警察はいないのよ」

「ここやと、ほんまもんの警察もおらんのと一緒やん」

「ねぇ、本橋さん」

 委員長は、わざわざ私の名前を確かめるように、唇で、舌で、確認するようにゆっくりと言った。

「貴方はなぜ、暴力を求めるの?」

 ――暴力だけが、渇きを癒やしてくれる。

 そんな薄ら寒い言葉が過るが、

「あんたにはわからん」

 口をついて出たのは、歯切れの悪い一言でしかなかった。

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