【本橋 荊/『嵐』・3】

「か、仮装するにしたって! うちのクラスのやつが疑われるだろ!」

 チャッスはたまらず大声を上げる。

「あんたはもう襲撃に参加予定か?」

「い、いや、そういうわけじゃないけど……」

 私が睨むと、チャッスは口を噤む。

 昨日の一件以来、私に萎縮しているようだ。

 委員長は今日初めてチャッスを見つめ、意味深に頷く。

 私とこいつが闘い、どんな結果が出たのかを察したのだろう。

 私はパフォーマンス的に、桃田の肩に腕を回した。

 うんと暴れるためには、さすがに独りでは立ちゆかない。

 私は天使、チャッス、そして一言も発さない畑百合に向き直る。

「考えはある。まず、文化祭は外部の人間が出入りするやろ?」

「う、うん」

「犯人は絞れん。それに、ハロウィンの当番の交代時間もある。別館のロッカールームなら、電気も落とせるし、人目もない」

「……」

 チャッスが徐々に前のめりになるのがわかる。

 桃田は桃田で、呆れるくらいに真剣に私を見ている。

 もっとも、私は一番大切なことを話していない。

 犯人は絞れん――ような気もするが、別にバレたって私は怖くもなんともない、と。

「あたし……やる!」

「……えー、っと桃田さん?」

 委員長が呆気にとられたような顔をする。強い決意を滲ませた桃田に対し、心の底から馬鹿を見下し、驚く委員長のギャップが笑えなくもない。

 愚かな判断をしたブタへの見下しもあるだろうし、呼び出しておきながらも『復讐する度胸などあるはずないだろう』と決めつけていたに違いない。

「あたしは、荊ちゃんについていく。秋元メルに復讐できるんだよね?」

「もちろん」

 私は大げさに頷く。桃田が戦力になるかはわからない。

 が、強い復讐心に燃えているこいつなら、何かやらかすかもしれん。

 誰よりも激しい、躊躇のない暴力性を孕んでいる可能性もある。

「私の美学がわからないというのなら、貴方たちの常識に合わせて話してあげる。いい? 秋元さんに目をつけられれば、よくて卒業まで苛烈な虐め、最悪退学よ」

「こんな学校を退学になって何が悪い?」

「わからないの? この学校より下の受け皿はないの。『秋桜を退学になった』なんて言われて受け入れる学校も、職場もない。この先の人生、本気でおしまいよ」

「……」

 どうして委員長はこんなところにいるんだろう、とふと疑問を感じたが、今は関係ない。 こいつのことだ、『灰の中で輝くダイヤモンドになりたいの』とか、そういうことだろう。学校を卒業する必要も、就職をする必要もない家に生まれ育っているのかもしれない。

 根本的には、秋元メルと変わりはないのだ。

「ええわ、あんたと言い争いする気もない。あんたの美学も、わざわざ用意してくれた私の常識とやらも、聞く気にならん」

「……」

「あんたらは?」

 私は、チャッスと畑百合に尋ねる。(……こいつは、何なんやろう?)

「本当にうまくいくのかよ、転校生?」

 チャッスが恐る恐る口を開く。

「やるからには、うまくいかせるしかないやろ」

「絶対だろうな?」

「ビビっとるなら来んでええわ」

 素っ気なく吐き捨てる。

 チャッスは「あぁぁぁもぉぉどうしたらいいんだよぉ」と勝手に喚き、ピタリと止まると、おもむろに挙手をした。

「やる」

「……」

「うちもやる!」

「ふぅん」

 弱い犬ほどよく吠える。

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