【桃田 直美/『死ぬ途中の日々』・1】

 人の笑い声が苦手だ。

 聞こえると体が強ばる。すべてあたしを笑っているようにさえ思えてしまう。

 放課後を迎えた教室の中は、女子生徒たちの笑い声で満ちていた。

 来月に控えた、『秋桜学園祭』の準備の真っ最中。

 ハロウィン喫茶をやることになっている。めいめい、かぶり物を作るもの、メニューを考案するもの、誰しもが懸命で、笑い合っていた。

 ……あたしを除いては。

 クラスメイトの頭髪や眉は、白く染められている。この学校の校則の一つで、秋桜学園に所属する証のようなものだ。もちろん、私を白髪にしている。

 そのせいか、一人一人の区別がつきづらい。みんな同じ髪の色でも、黒髪ならそんなことはないはずなのに。

 白く染めるということは、何もかもを上書きする、個性を奪う暴力なのだ。

 床に天井、机、椅子、制服、黒板……学校としての記号となるものすべて、白で統一されていた。そんな異常な光景にもすっかり慣れてしまった。

 教室中の壁から床まですべてが溶け合って、ひとつになり、あたしを疎外しているように感じた。

 自分以外の人間が、みんな楽しそうに過ごしているように見える。

 あたしはひとり、文化祭の看板を作っている。ハロウィンを思わせる蛍光色の赤、緑などのペンキを前に、せっせと作業をする。

 看板の上だけが、白以外の色が許された空間と言ってもいい。嫌々押しつけられた作業だけど、安堵感もある。

 別に絵が得意なわけじゃない。服も汚れるし、時間もかかるから、あたしがやらされているだけ。

 それでも。

「ってかさ、なんか教室くさくねー?」

 あたしは耳をつく声に、うつむき、誰にもわからないように顔をしかめる。

 クラスメイトの、秋元メルの声だ。彼女の一言で、教室に緊張が走る。

 険があるわけでもない。

 むしろ、おどけた響きがある。なのに、奥底の残酷さはまったく隠し切れていない。

「わかる! メルの言う通りだね!」

 それに追随する声がする。いつもいる秋元メルの友人たち。名前はうろ覚え。

 ただでさえ外見の個性が奪われているのに、秋元メルへの同調ばかりで同じようにしか見えない。

 湿った足音が近づいてくる。あたしは息を潜める。

 どうか、あたしじゃありませんように。

 だけど、願いは今日も届かなかった。

 秋元メルの足が目の前で止まる。上履きの汚れ方で、もう彼女だとわかるほど見慣れてしまった。

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