【本橋 荊/『暴力のすすめ』・4】

 そこから三日がたち、私は登校を禁じられ、部屋で悶々と過ごしていた。

 羽はあれから、自室から出てこなかった。何度部屋を訪れても反応なし。

 私は自室に籠もり、隣の部屋の羽の挙動に耳を澄ませていた。だが、物音もほとんどしない。

 まず、話がしたい。

 誤解なんや、羽。

 ――ダン、ダン。

 乱暴なノックとともに父の誠司が現れた。

 顔を見るのも嫌やった。

 元々私には当たりが厳しい上に、羽に悪影響だと近づかせないようにしてくる。

 おとんは、パンフレットのようなものを持っていた。

 何か尋ねる前に、無言で机に広げた。

 秋桜学園。

 聞かん名前や。

 それもそのはずで、この和歌山からはるか離れた、東京にあるらしい。

「転校せい言うんか?」

 私と羽は中高一貫校の中等部と高等部にいる。

 こないだの教師どもからしたら、私を追い出したくて仕方ないだろう。

 東京。イメージさえわかない。外国と変わらない。

 要は、羽と私を引き裂きたいんやろう。

「座れ、荊」

 おとんは心底うんざりとした様子だ。

 珍しく無精髭を蓄えている。剃る気が起きないくらい、疲れ果てているのだ。

 私が起こした事件の対応に追われていたのだろう。

 おとんにとっては幸いなことに、被害者のデブは私を糾弾することはなかったらしい。

 羽にしてきたことは、あいつら以外のクラスメイトも把握していたらしく、後ろめたいはずだ。大騒ぎにはしたくない。

 黙っていれば被害者でいられる。

 あのデブども、悪知恵が働く。

 また、殴ったらなあかんかも知らん。

「転校は構んけど、ここから通えるとこにしてや」

 羽と離ればなれになるなんて。

「……もう、手続きも終わったぁる」

「は?」

「荷物も持ち込みでけんから、準備もない。もう来週からや、荊」

 父親は学校の案内を差し出した。私は払いのけ、おとんに激しく迫った。

「アホちゃうんか、むちゃくちゃもええとこやろ! 私は羽を護ろうとしただけや」

「先生方はな、こんなお前でも親身になって考えてくれたんやぞ! 秋桜やったら、お前も更生できるかも知らんって」

「更生施設か? 根性ねじ曲がっとんのは教師どもやろ!」

「ちゃんとした高校や。ただ、お前みたいなもんをたたき直すため……」

「何も直すとこらないわ」

「いいから読め!」

 私は、おとんの話の運び方にムカついた。

 結局、世間体や。

 少年院でもぶち込んでくれるか、ただ家を追い出された方がええ。

 あくまで、すべてを私のためだと言い張る姿勢が気にくわない。

「ただの厄介払いやろ! 羽のこと、おとんは一度でも助けようとしたか?」

「俺は羽のためを考えて、慎重に、事を荒立てないように……」

 おとんだって、羽の様子がおかしいことには気づいていたはずだ。

 私に説明しているわけじゃない。

 自分に言い聞かせているだけ。

 羽のために、行動を起こさなかった?

 どうしようもないアホや。

「私が手を出さんかったら、絶対にエスカレートしてた。今頃、羽はどんな目に遭わされていたと思う?」

「……羽は、お前のことを迷惑やって」

「あんたがどう思っとるんか訊いたぁるんやろ! おとんはいっつも責任逃れや。そんなんやからおかんも出て行ったんちゃうんか!」

 私はおとんに掴みかかる。彼は気弱に私を睨み付けた。弱い光が灯る瞳。奥は、湿った恨みの念で燃えていた。

「あいつがでていったんは……荊、お前ののせいや」

「んやと!」

 ある日を境に、両親の喧嘩は絶えなくなった。

 私のせい?

 私だけの、せいか?

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