【本橋 荊/『暴力のすすめ』・3】

 短髪の教師は、一層私を強く睨み付けた。

 お前の味方はおらん。

 覚悟せえ。

 舌なめずり。下卑た優越。

 教師は得意げに鼻を鳴らす。

「暴力は、何があってもあかんことや」

 笑える。いや、笑うしかない。頭が痛くなるくらい、笑う。

 ギャグセン高い。さすが関西人。新喜劇も真っ青。

「羽が受けてきたいじめは、暴力と違うんか?」

「いじめ? こいつらはじゃれあってても、本橋を殴るようなことはせん」

「殴らんかったら、何してもええんか?」

「黙れ!」

 殴られたデブを介抱していた教師が、突如怒鳴り声を上げた。情緒不安定の金魚の糞。これも普通。

「お前は気狂いや。暴力で解決できると、本気で思ったぁるんやろ」

 私を睨み付ける。

 聖職者が、子どもにそんなこと言わんと。

「っく、たはっ」

 デブがうめき声を上げると、教師は心からやつを慮るような顔をした。

 私は隙を見て起き上がろうとする。短髪の教師はさらに押さえ込む力を強めた。

「お前は生きとる資格はない」

「そんなもんいらん。私は、羽さえ幸せに暮らせたら……」

「お前の軽率な行動が、弟を不幸にしとるんや」

「……」

 初めて言葉に詰まった。

 私が、羽を不幸に……?

 いや、んなわけない。

 いじめを放っておいたら、羽は心にもっと深い傷を負うはず。

 羽を見る。

 私に感謝をするどころか、見たこともない冷たい目つきをしたぁた。

「姉ちゃんがおると、俺は不幸になる」

 羽は右頬を撫でた。

 忌々しそうに私を見下ろす。

 全身の力が一気に抜けていくのを感じた。

 この子の笑顔を奪ったのは私なんか?

 羽の存在、笑顔が私にとっての幸せの象徴だった。

 もう、私には笑いかけてくれんのか?

 後は、一瞬でカタがついてしまった。

 教師は、私の腕を折らんばかりに押さえつける。そのまま起き上がらせ、男子便所を後にする。

 車に乗せられ、家まで連れて行かれている最中も、教師たちは私に何かを言い続けている。

 人間のクズ。暴力魔。気狂い。

 聞こえん。

 響かん。

 むしろ、私自身の声で鼓膜が内側から破裂しそうだった。

 羽が不幸になる?

 私の人生は、羽のためにある。

 私のせいで負ったその傷痕のぶん、償わないといけない。

 贖罪の気持ちで嫌々そうしているわけではない。

 私は昔から羽が好きだった。かわいくて仕方なかった。

 羽だって、私のことを好きだったはずだ。

 何か掛け違いが起きているだけで。

 今は家でもあまり口をきくことはないのも、いじめのせいに違いない。それさえなければ、また笑い合える。

 羽から拒否されたら、私にはもう居場所がない。

 この世界の、どこにも。

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